部下の成長を加速させるSLIIの「リーダーシップ契約」:実践ステップと対話のポイント
はじめに
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII®)は、リーダーが部下や特定の目標に対する状況(発達レベル)を診断し、それに合わせたリーダーシップスタイルを柔軟に適用することで、部下のパフォーマンス向上と成長を促進する強力なモデルです。SLIIの実践において、部下の発達レベルを正確に診断し、適切なリーダーシップスタイルを選択することはもちろん重要ですが、その効果を最大限に引き出すためには、部下との間に「リーダーシップ契約」を締結することが不可欠となります。
「リーダーシップ契約」とは、単に指示を出すことではなく、リーダーと部下の間で、部下が特定の目標を達成するために、どのような関わり方(リーダーシップスタイル)が必要か、そしてリーダーはどのように支援するかについて、共通理解と合意を形成するプロセスを指します。これは、部下が一方的に指示を受けるのではなく、自身の成長や目標達成に必要なサポートについて主体的に関わる機会を提供し、結果として部下のコミットメントと自律性を高める上で非常に重要です。
本記事では、SLIIにおける「リーダーシップ契約」の意義を解説し、その実践に向けた具体的なステップと、効果的な合意形成のための対話のポイントについて掘り下げていきます。
SLIIにおける「リーダーシップ契約」の意義
SLIIでは、部下の特定の目標に対する「発達レベル」を、「能力(Competence)」と「意欲(Commitment)」の二つの側面から診断します。診断結果に応じて、リーダーは「指示的行動(Directing Behavior)」と「支援的行動(Supporting Behavior)」の組み合わせで構成される4つのリーダーシップスタイル(S1~S4)の中から最適なスタイルを選択します。
しかし、リーダーが独断で「この部下にはS3スタイルが必要だ」と判断し、一方的にそのスタイルで関わろうとしても、部下がその関わり方を求めていなかったり、自身の状況認識と異なっていたりする場合には、効果は限定的になってしまいます。例えば、リーダーは部下をD3(能力は高いが意欲が低い)と診断し、S3(支援的)スタイルで関わろうとしたとします。ところが部下自身は、単に自信を失っているだけで、少し背中を押してもらえればやれるD2(能力は低いが意欲は高い)に近い状況だと感じているかもしれません。この認識のズレは、リーダーシップの効果を損なう原因となります。
ここで「リーダーシップ契約」が重要になります。リーダーシップ契約は、リーダーが診断した部下の発達レベルと、部下自身の自己認識をすり合わせる対話のプロセスです。この対話を通じて、部下の目標達成と成長のために、どのようなリーダーシップスタイル(指示と支援のバランス)が最も適切であるかについて、リーダーと部下の双方が納得する形で合意を形成します。このプロセスを経ることで、部下はリーダーの関わり方を受け入れやすくなり、主体的に目標達成に取り組む姿勢が生まれます。
「リーダーシップ契約」は、単なる形式的な手続きではなく、リーダーと部下との間に信頼関係を築き、部下の自己認識力と自律性を育むための重要なコミュニケーションプロセスなのです。
「リーダーシップ契約」の実践ステップ
SLIIにおけるリーダーシップ契約は、以下のステップで進めることが推奨されます。
ステップ1:部下の発達レベルの診断(リーダーの視点)
まず、リーダーは部下が特定の目標やタスクに対して、現在どの「発達レベル」(D1~D4)にあるかを、客観的な行動観察や過去の経緯に基づいて診断します。この診断は、あくまでリーダー自身の仮説として立てるものです。
- D1 (意欲的な初心者): 能力は低いが、意欲は高い。新しい目標・タスクに対して熱意はあるが、知識やスキルが不足している段階。
- D2 (幻滅した学習者): 能力は低いままかやや向上したが、意欲が低下している。目標・タスクの難しさや自身の能力不足に直面し、自信を失っている段階。
- D3 (有能だが慎重な貢献者): 能力は向上し、一人で実行できるスキルはあるが、意欲が不安定または自信がない。判断に迷いがあったり、責任を避けたりする段階。
- D4 (自律した達成者): 能力も高く、意欲も高い。目標・タスクに対して高いスキルと自信を持ち、自律的に取り組める段階。
ステップ2:診断に基づく適切なリーダーシップスタイルの検討(リーダーの準備)
ステップ1で診断した部下の発達レベルに基づき、SLIIのモデルに従って、どのようなリーダーシップスタイル(S1~S4)が部下にとって効果的であるかを検討します。
- S1 (指示的): 指示的行動が高く、支援的行動が低い。D1レベルの部下に対し、目標やタスクの進め方を具体的に指示し、頻繁に進捗を確認するスタイル。
- S2 (コーチング): 指示的行動も支援的行動も高い。D2レベルの部下に対し、指示を与えつつ、対話を通じて動機付けや疑問の解消を支援するスタイル。
- S3 (支援的): 指示的行動が低く、支援的行動が高い。D3レベルの部下に対し、意思決定や問題解決への参加を促し、傾聴や承認で意欲を高めるスタイル。
- S4 (委任): 指示的行動も支援的行動も低い。D4レベルの部下に対し、目標達成に向けた権限を委譲し、基本的に任せるスタイル。
リーダーは、このスタイルが部下の成長と目標達成にどのように役立つかを考え、部下との対話に備えます。
ステップ3:部下との対話による合意形成(リーダーシップ契約の核心)
このステップが「リーダーシップ契約」の核心です。リーダーは部下と向き合い、以下のプロセスで対話を進めます。
- 目標・タスクの確認: まず、何についてのリーダーシップ契約を結ぶのか、対象となる目標やタスクを明確に合意します。「〇〇プロジェクトを成功させる」「△△スキルを習得する」など、具体的に特定します。
- 部下の状況認識のヒアリング: リーダーは一方的に診断結果を伝えるのではなく、「この目標(タスク)について、今、あなたはどのような状況にあると感じていますか?」「何に自信があり、何に課題を感じていますか?」といった問いかけを通じて、部下自身の状況認識を丁寧に引き出します。能力と意欲の両面について質問することが重要です。
- リーダーの診断と検討したスタイルの共有: 部下の話を聞いた上で、リーダーは自身の診断結果と、なぜそのように判断したのか、根拠を具体的に伝えます。そして、「あなたの今の状況を踏まえると、私は〇〇という関わり方(例:指示を多めにしながら、疑問点には一緒に向き合う、判断はあなたに任せつつ、必要ならいつでも相談に乗る、など具体的な行動で伝える)が、目標達成とあなたの成長にとって有効だと考えていますが、どう思いますか?」と、検討したリーダーシップスタイルを提案します。
- 部下からのフィードバックと調整: 部下からの提案に対する意見や懸念を傾聴します。「もう少し具体的に指示してほしい」「自分で考えたいので、見守っていてほしい」「頻繁に確認されるとプレッシャーを感じる」など、部下からの正直なフィードバックを促し、対話を通じて最適な関わり方について共に考え、必要に応じてリーダーシップスタイルや関わり方の詳細を調整します。ここでのゴールは、リーダーと部下の双方が納得できる「オーダーメイド」の関わり方を合意することです。
- 合意内容の確認と約束: 合意した具体的な関わり方(例:「週に一度、進捗状況を共有し、必要な指示を出す」「大きな意思決定の際には、一度私に相談してもらう」「困ったことがあれば、いつでも気軽に声をかけてもらう」など)を改めて確認し、リーダーと部下の双方がその合意に基づいて行動することを約束します。
ステップ4:実践と継続的な見直し
合意した「リーダーシップ契約」に基づいて、リーダーは部下との関わりを実行します。そして、定期的に部下との対話の機会を持ち、「今の関わり方はどうですか?」「他に私に何かできることはありますか?」「あなたの状況は変わりましたか?」といった問いかけを通じて、部下の発達レベルや状況の変化に応じて、リーダーシップ契約を見直していきます。SLIIは固定されたものではなく、部下の成長と共にリーダーシップスタイルも進化させていく継続的なプロセスです。
効果的な「リーダーシップ契約」のための対話のポイント
リーダーシップ契約の成否は、ひとえにリーダーと部下の間の「対話の質」にかかっています。以下のポイントを意識することで、より効果的な合意形成が可能になります。
- 傾聴の姿勢: 部下の話を真摯に、批判せずに聴く姿勢が不可欠です。部下の言葉の裏にある感情や本音を理解しようと努めます。
- オープンクエスチョンの活用: 「はい」「いいえ」で答えられるクローズドクエスチョンではなく、「どのように感じていますか?」「具体的にどのようなサポートがあれば助かりますか?」といった、部下が考えて話すオープンクエスチョンを積極的に使用します。
- 部下の貢献意欲への焦点: 対話の目的が、部下をコントロールすることではなく、部下の目標達成と成長をサポートし、部下が組織に貢献できるようになることにある点を明確に伝えます。部下の現在の意欲を認め、それをさらに引き出すための対話であることを意識します。
- 具体的な行動での合意: 抽象的な「サポートします」ではなく、「週に一度15分、定例ミーティングを持つ」「〇〇に関する資料作成は指示するが、その後の△△に関する提案は任せる」のように、具体的な行動レベルで合意します。
- ポジティブなフィードバックと承認: 対話の中で、部下のこれまでの努力や成果を認め、ポジティブなフィードバックを適切に伝えることで、部下の安心感と信頼感を醸成します。
- 失敗への寛容性: リーダーシップ契約は、部下が安心して新しい挑戦をしたり、率直な意見を述べたりできる関係性があってこそ機能します。失敗を責めるのではなく、成長の機会として捉える文化を醸成する意識が必要です。
研修プログラムへの活用
企業の研修企画担当者として、この「リーダーシップ契約」の概念と実践スキルをSLII研修プログラムに組み込むことは非常に有効です。
- ケーススタディとロールプレイング: 様々な部下の発達レベルと状況を設定したケーススタディを用意し、参加者(リーダー役)が部下役と「リーダーシップ契約」の対話を行うロールプレイングは、実践的なスキル習得に繋がります。
- 部下の状況診断ワーク: 部下の能力と意欲をどのように見極めるか、具体的な行動例を挙げながら診断するワークを取り入れます。
- 対話スキルのトレーニング: 傾聴、質問力、フィードバックの方法など、リーダーシップ契約に不可欠な対話スキルに特化したセッションを設けます。
- 自己診断と相互フィードバック: 参加者自身の現在のリーダーシップスタイルや、部下との関わり方についての自己診断を行い、他の参加者や講師からのフィードバックを得る機会を提供します。
これらの要素を盛り込むことで、参加者はSLIIの理論だけでなく、部下との具体的な関わり方、特に合意形成という実践的なスキルを習得し、研修効果を高めることができます。
まとめ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)の実践において、「リーダーシップ契約」は、部下の発達レベルに応じた最適なリーダーシップスタイルを効果的に適用するための鍵となります。単にリーダーが部下の状況を診断し、スタイルを選択するだけでなく、部下自身の認識を確認し、双方の合意に基づいて関わり方を決定するプロセスは、部下の自律性、コミットメント、そしてパフォーマンスの向上に不可欠です。
本記事で解説した「リーダーシップ契約」のステップと対話のポイントを参考に、ぜひ日々の部下育成や組織開発の取り組みに活かしてください。特に、研修プログラムを企画される際には、この「リーダーシップ契約」の概念と実践スキルを盛り込むことで、参加者が現場でSLIIをより効果的に活用できるようになるでしょう。部下との質の高い対話を通じて、信頼に基づいた強固な関係性を構築し、組織全体の成長を加速させていくことが期待されます。