SLIIを活用した部下の意欲低下への効果的なアプローチ:原因特定と実践ガイド
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)から考える部下の意欲低下への向き合い方
組織のパフォーマンス向上において、部下一人ひとりの能力発揮とともに、その意欲は非常に重要な要素となります。しかし、リーダーは部下の意欲が低下している状況に直面することも少なくありません。意欲の低下は、個人の成長停滞だけでなく、チーム全体の士気や生産性にも影響を及ぼす可能性があります。
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベル(能力と意欲・自信)に合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分ける理論です。このSLIIのフレームワークは、部下の意欲低下という複雑な問題に対して、原因を構造的に理解し、個別の状況に応じた効果的なアプローチを講じる上で非常に有効な視点を提供します。
本稿では、SLIIの観点から部下の意欲低下をどのように捉え、どのようなステップで対応していくべきかを解説します。
SLIIにおける「意欲」の定義と意欲低下の原因特定
SLIIでは、部下の発達レベルを測る二つの要素のうちの一つとして「意欲・自信(Commitment)」を定義しています。これは、特定の目標やタスクに対して、その部下がどれだけ取り組む気があり、かつ成功できるという自信を持っているかを示します。
発達レベルは「能力(Competence)」と「意欲・自信(Commitment)」の組み合わせで定義されます。 * D1(初心者):低能力、高意欲・高自信(または低いながらも高い期待) * D2(学習者):低~中能力、低意欲・低自信 * D3(有能だが慎重な遂行者):中~高能力、変動する意欲・自信 * D4(自律したプロフェッショナル):高能力、高意欲・高自信
意欲低下は、これらどの発達レベルの部下にも起こりえます。重要なのは、その意欲低下がどの発達レベルで発生しているのか、そして何が原因で能力と意欲のバランスが崩れているのかを見極めることです。
意欲低下の一般的な原因としては、以下のようなものが考えられます。 * 能力不足による自信喪失: タスクが難しすぎたり、必要なスキルや知識が不足していると感じたりすることで、成功への自信を失い意欲が低下する(D1がD2へ移行する際など)。 * 方向性の不明確さ: 目標が曖昧であったり、タスクの目的や自身の貢献意義が理解できなかったりする場合。 * 成功体験の不足: 努力しても成果が出ない、あるいは適切なフィードバックや承認が得られない状況が続く場合。 * 単調・マンネリ: 同じタスクの繰り返しや、新しい挑戦がないことによる飽きや停滞感(D3やD4で起こりうる)。 * 人間関係の問題: 上司や同僚とのコミュニケーションの不和、信頼関係の欠如。 * 個人的な問題: プライベートでの悩みやストレスが影響している場合。 * 組織への不満: 会社の方向性、評価制度、企業文化などに対する不満。
SLIIのフレームワークで意欲低下の原因を特定する際は、まず「能力」と「意欲」のうち、どちらが、あるいは両方が低下しているのかを診断することが出発点となります。そして、その低下が特定のタスクにおけるものなのか、あるいはより広範なものなのかを理解するために、部下との対話を通じて原因を探ることが不可欠です。
発達レベル別の意欲低下へのアプローチ
意欲低下へのアプローチは、部下の現在の発達レベルと、意欲低下の主な原因によって異なります。SLIIの各リーダーシップスタイル(S1~S4)と「指示的行動」「支援的行動」の組み合わせを、意欲低下という状況に合わせて適用します。
D1(低能力・高意欲)の部下が意欲を失った場合
D1の部下は、新しいタスクに対して高い意欲と期待を持って取り組み始めますが、予期せぬ困難や失敗に直面すると、すぐに自信を失い意欲が低下することがあります(D2へ移行)。
- リーダーシップスタイル: S1(指示型)が基本ですが、意欲低下が見られる場合は、S2(コーチング型)の要素も取り入れる必要があります。
- アプローチ:
- 原因の特定: なぜ意欲が低下したのか、具体的に何に困っているのかを丁寧にヒアリングします。
- 再保証と承認: 意欲が高かった初期の状態や、そこまでの努力を承認し、「最初から全てできるわけではない」と安心感を与えます。
- 具体的な指示とスモールステップ: 困難なタスクを細分化し、具体的な手順や方法を明確に指示します。小さな成功体験を積めるように、達成可能な目標を設定し直します。
- 頻繁な確認とフィードバック: 進捗をこまめに確認し、肯定的なフィードバックを通じて自信回復を促します。間違った点も、次にどうすれば良いかを具体的に伝えます。
- 支援的行動の追加: 一方的な指示だけでなく、「困ったらすぐに相談してほしい」「一緒に考えよう」といった支援的なメッセージも伝えます。
D2(低~中能力・低意欲)の部下
D2の部下は、もともと能力も自信も低く、意欲も低いか変動しやすい状態です。この状態での意欲低下は、さらに悪循環を生む可能性があります。
- リーダーシップスタイル: S2(コーチング型)が最も適しています。指示的行動と支援的行動の両方をバランス良く行います。
- アプローチ:
- 対話による原因探求: 何に対して意欲が持てないのか、何が不安なのかをじっくりと聴き、共感を示すことが重要です。能力の不足だけでなく、過去の失敗経験や人間関係が影響している可能性も探ります。
- 目標の再確認・再設定: なぜそのタスクに取り組むのか、達成することで何が得られるのかを一緒に確認し、目標への納得感を高めます。必要であれば、目標レベルやタスクの内容を調整します。
- 能力開発への支援: 意欲低下が能力不足に起因する場合は、具体的な知識やスキルの習得を支援します。研修、OJT、ペアリングなどを検討します。
- 小さな成功の積み重ね: 達成可能な小さなタスクを設定し、成功体験を通じて自信を取り戻させます。
- ポジティブなフィードバックと承認: 改善点だけでなく、努力や小さな成果を具体的に承認し、肯定的な関わりを増やします。
- 粘り強い関わり: 短期間での変化を期待せず、継続的に関わり続ける姿勢が重要です。
D3(中~高能力・変動意欲)の部下が意欲を失った場合
D3の部下は、タスク遂行に必要な能力は持っているものの、自信や意欲が変動しやすい状態です。意欲低下は、新しい挑戦への不安、目標への納得感の欠如、あるいはマンネリなど、内面的な要因や環境要因によって引き起こされることが多いです。
- リーダーシップスタイル: S3(支援型)が基本です。指示的行動は減らし、支援的行動を増やします。
- アプローチ:
- 徹底的な傾聴: 部下が感じている不満、不安、あるいは新しいことへの戸惑いなどを、評価せずにじっくりと聴きます。
- 共感と承認: 部下の感情や状況に共感し、これまでの貢献や能力を承認することで、信頼関係を再構築します。
- 内発的動機付けの促進: なぜ意欲が低下したのかを一緒に掘り下げ、「どうすればもう一度やりがいを感じられるか」「次に何を挑戦したいか」といった問いかけを通じて、部下自身が解決策を見つけられるよう支援します。
- 障害の除去: 部下の意欲を阻害している可能性のある環境要因(例えば、非効率なプロセス、必要な情報の不足、人間関係の問題など)について話し合い、リーダーとしてサポートできることはないか検討します。
- 権限移譲の検討: マンネリが原因であれば、より裁量のあるタスクや新しい役割を任せることで、刺激と成長機会を提供します(ただし、これは意欲が回復し、D4に移行する兆候が見られた場合に行う方が効果的です)。
- キャリアパスや目標の再検討: 現在のタスクや役割が、部下の長期的なキャリア目標とどのように繋がっているかを話し合うことで、新たな視点や意義を見出す支援をします。
D4(高能力・高意欲)の部下が意欲を失った場合
D4の部下は、能力も意欲も高く、基本的に自律してタスクを遂行できます。このような部下が意欲を失うのは稀ですが、もし発生した場合は深刻な兆候である可能性があります。原因としては、組織の方向性への不満、リーダーへの不信感、新しい挑戦がないことによる停滞、あるいは組織の外部に成長機会を求めるようになったなどが考えられます。
- リーダーシップスタイル: S4(委任型)が基本ですが、意欲低下が見られる場合は、S3(支援型)の要素を取り入れ、対話に時間を割く必要があります。
- アプローチ:
- 早期の兆候察知: 高いパフォーマンスを当然とせず、部下の様子(成果への関心の低下、会議での発言の減少など)に常に注意を払います。
- 率直な対話: 部下を尊重し、現在の状況や将来について率直に話し合います。なぜ意欲が低下していると感じるのか、何に不満があるのかを問いかけます。
- 組織への意見の吸い上げ: 組織に対する建設的な意見や懸念がある場合は、それを真摯に受け止め、改善に向けて動く姿勢を示します。
- 新たな挑戦の提供: 既存の役割にとどまらない、より高度なタスク、プロジェクトリーダー、メンターとしての役割など、新しい成長機会を提供できないか検討します。
- キャリアプランの支援: 部下の長期的なキャリア目標や、組織内外での成長の可能性について一緒に考え、支援します。
- 信頼関係の維持: リーダーとしていつでも相談に乗る姿勢を示し、信頼関係を維持することが重要です。
SLII実践における意欲向上への継続的な取り組み
部下の意欲低下への対応は、一度行えば終わりというものではありません。SLIIの実践を通じて、継続的に部下の状況を診断し、関わり方を調整していく必要があります。
- 状況診断の精度向上: 部下の発言、行動、成果だけでなく、非言語的なサインにも注意を払い、意欲のわずかな変化を早期に察知するスキルを磨きます。定期的な1on1ミーティングなどを活用し、部下が安心して本音を話せる関係性を構築します。
- リーダーシップ契約の柔軟な運用: 部下の発達レベルや目標、そして意欲の状態に応じて、リーダーと部下の間でどのような関わり方をするか(指示の頻度、フィードバックの形式、報告の仕方など)を合意する「リーダーシップ契約」を定期的に見直します。
- フィードバックの質の向上: 意欲向上には、建設的でタイムリーなフィードバックが不可欠です。行動や成果の事実に基づき、ポジティブな面も改善点も具体的に伝え、部下が成長の機会として捉えられるように配慮します。
- リーダー自身の自己認識: 自身のリーダーシップスタイルが部下の意欲にどのような影響を与えているかを理解し、必要に応じてスタイルを調整する自己認識力を高めます。特定のスタイルに偏っていないか、支援的行動が不足していないかなどを振り返ります。
まとめ
部下の意欲低下は、多くのリーダーが直面する課題です。シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベル(能力と意欲・自信)という明確な視点を提供することで、意欲低下の原因を特定し、状況に応じた効果的なアプローチを可能にします。
意欲低下は部下の発達レベルごとに異なる原因と様相を示すため、リーダーはまず部下の現在の状況を正確に診断することが重要です。その上で、D1からD4それぞれの発達レベルと意欲低下の状況に合わせたリーダーシップスタイル(S1~S4)を適用し、指示的行動と支援的行動のバランスを調整しながら関わります。
意欲向上への道のりは決して容易ではありませんが、SLIIのフレームワークを活用し、部下一人ひとりと真摯に向き合い、継続的に支援することで、部下のエンゲージメントを高め、組織全体の活性化に繋げることができるでしょう。本稿が、貴社のリーダーシップ開発や研修プログラム設計の一助となれば幸いです。