SLII®実践を成功させるコミュニケーションスキル:部下の状況を見極め、成長を促す対話とは
SLII®実践におけるコミュニケーションの重要性
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII®)は、部下の発達レベルに応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けることで、部下やチームのパフォーマンスを最大化することを目指す理論です。この理論を効果的に実践するためには、部下の現在の状況(能力と意欲)を正確に診断し、その状況に最も適したリーダーシップスタイルを選択し、そしてそれを部下との適切なコミュニケーションを通じて実行することが不可欠です。
SLII®におけるコミュニケーションは単なる指示伝達や報告共有にとどまりません。それは、部下との信頼関係を構築し、彼らの現状を深く理解し、必要なサポートを提供し、さらには彼ら自身の成長を促進するための根幹となる要素です。リーダーが部下との対話を通じて状況を適切に見極め、自身のスタイルを調整し、その意図や期待を明確に伝えることができなければ、理論を知っていても実践に結びつけることは困難となります。
部下の状況を見極めるための対話
SLII®では、部下の特定課題や目標に対する発達レベルを「能力」と「意欲」という二つの側面から診断します。この診断を正確に行うためには、部下との質の高い対話が欠かせません。
1. 傾聴
部下の発言の表層的な内容だけでなく、その背後にある感情や意図、課題に対する認識などを深く理解するためには、能動的な傾聴が重要です。部下の話を注意深く聞き、相槌や頷きで理解を示し、必要に応じて話を深掘りする質問を投げかけることで、部下が安心して自身の状況を語れる場を作ります。
2. 質問
部下の状況を具体的に把握するためには、適切な質問が有効です。 * 課題に対する現在の進捗状況や、具体的に何に取り組んでいるかを確認する質問(能力の確認) * 課題に対する自信の度合い、取り組む上での感情、モチベーションの源泉や阻害要因を探る質問(意欲の確認) * 過去の同様の経験や成功・失敗から何を学んだか、といった質問 * 次に何をする予定か、どのようなサポートがあれば助かるか、といった今後の行動や必要な支援に関する質問
これらの質問を通じて、部下の「能力」(知識、スキル、経験)と「意欲」(自信、モチベーション、コミットメント)の現状を多角的に理解することを目指します。
3. 観察
対話中の部下の表情や声のトーン、態度といった非言語的な情報も重要な診断材料となります。言葉と非言語情報に矛盾がないか、あるいは非言語情報から読み取れる部下の真の感情や意欲などを注意深く観察することも、状況診断の精度を高める上で役立ちます。
発達レベルに応じたコミュニケーションスタイルの実践
部下の状況(D1~D4)を診断したら、SLII®で定義される4つのリーダーシップスタイル(S1~S4)の中から最適なスタイルを選択します。そして、そのスタイルに応じたコミュニケーションを実践します。ここでは、各スタイルにおける対話のポイントを示します。
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S1(指示型:高指示的・低支援的): 主にD1(低能力・高意欲または低意欲)の部下に対して用います。
- 対話のポイント: 具体的な手順や期待される結果を明確かつ簡潔に伝えます。何をするか、いつまでに、どのように行うかなど、詳細な指示を提供します。質問は、指示の理解度を確認するためのものが中心となります。「このステップで分からない点はありますか」「次は何をしますか」など、確認型の質問を用います。
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S2(コーチング型:高指示的・高支援的): 主にD2(低能力・低意欲)の部下に対して用います。
- 対話のポイント: S1と同様に具体的な指示を与えつつ、部下の疑問や懸念を丁寧に聞き、安心感やモチベーション向上につながる支援的な対話を増やします。課題の意義を伝えたり、部下の小さな成功を認めたりする対話が含まれます。また、なぜそのように指示するのかの背景を説明するなど、指示に対する理解を深める質問や対話を取り入れます。
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S3(支援型:低指示的・高支援的): 主にD3(高能力・低意欲)の部下に対して用います。
- 対話のポイント: 部下自身に考えさせ、解決策を引き出すことを重視します。指示は最小限にし、部下の意見やアイデアを積極的に引き出す質問(例:「この状況についてどう考えますか」「どのように進めるのが良いと思いますか」)を多く用います。部下の意欲を高めるために、彼らの能力やこれまでの貢献を認め、信頼していることを伝える支援的な対話が中心となります。
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S4(委任型:低指示的・低支援的): 主にD4(高能力・高意欲)の部下に対して用います。
- 対話のポイント: 課題や目標に対する権限と責任を部下に委譲します。リーダーからの指示や詳細な支援はほとんど行いません。対話は、目標設定時の方針確認や、進捗状況の共有、必要に応じて部下からの相談に応じる、といったものが中心となります。部下からの報告を聞き、承認する対話が主となります。
リーダーシップスタイルを転換する際の対話
部下が成長し、発達レベルが変化した際には、リーダーシップスタイルを変化させる必要があります。このスタイル転換をスムーズに行う上でも、コミュニケーションは重要な役割を果たします。
リーダーは、部下の発達レベルが変化したことを部下本人にフィードバックし、それに伴い自身の関わり方を変える意図を伝えることが望ましいとされています。例えば、D1からD2へ、あるいはD2からD3へ移行しつつある部下に対して、「以前は細かく指示していましたが、〇〇さんが最近△△を習得したため、今後はもう少し任せてみようと思います」「これまでは私が手順を示してきましたが、これからはまずあなた自身で考え、困ったときに私に相談するという形に変えてみましょう」のように、変化の根拠(部下の成長)と、今後の関わり方(スタイル転換)を明確に伝えることで、部下は状況の変化を理解しやすくなります。
SLII®実践におけるコミュニケーションの課題と克服法
SLII®実践におけるコミュニケーションは、常に円滑に進むとは限りません。以下に、よくある課題と克服のための視点を示します。
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課題1:部下の本音を引き出せない
- 克服法: 信頼関係の構築に時間をかける。心理的安全性の高い環境を作る。非難せず、傾聴の姿勢を徹底する。オープンクエスチョンを効果的に使う。リーダー自身も自己開示を適度に行う。
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課題2:診断した発達レベルと部下自身の認識が異なる
- 克服法: リーダーからのフィードバックを、評価ではなく観察に基づいた事実として伝える。「私はあなたの〇〇という行動や△△という結果から、現状をこう見ています」のように具体的に伝える。部下自身の自己評価を聞き、その根拠を尋ねる対話を行う。認識のずれがあること自体を共有し、共通理解に向けて対話する。
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課題3:スタイル転換の意図が部下に伝わらない
- 克服法: なぜスタイルを変えるのか、その理由(部下の成長や課題の性質の変化など)を明確に伝える。新しいスタイルで具体的に何が変わるのか(リーダーからの指示の頻度、部下に期待することなど)を具体的に説明する。部下が新しい関わり方について抱える懸念や期待を聞き、対話を通じて解消する。
組織でSLII®のコミュニケーションスキルを育成するために
SLII®の導入や浸透を目指す組織においては、リーダー個々人がコミュニケーションスキルを習得し、実践できるようになるための支援が重要です。研修プログラムにおいては、SLII®理論の解説に加え、実践的なコミュニケーションスキルのトレーニングを取り入れることが効果的です。
- アクティブリスニング(能動的傾聴)の訓練: ロールプレイングなどを通じて、相手の話を深く理解するためのスキルを習得する。
- 効果的な質問技法: 部下の状況診断や内省を促すための質問の作り方や使い方を学ぶ。
- フィードバックの技術: ポジティブな側面も改善点も、部下の成長につながるように伝える具体的な方法を習得する。
- 状況診断とスタイル選択のロールプレイング: 具体的なケーススタディを用いて、部下役との対話を通じて状況を診断し、適切なスタイルで関わる実践練習を行う。
- スタイル転換を伝える対話の練習: 部下の発達に応じて自身の関わり方を変える際の伝え方を練習する。
これらのトレーニングを通じて、リーダーは理論的な知識だけでなく、実践的な対話スキルを身につけ、SLII®の効果を最大化することが期待できます。
まとめ
SLII®を組織に根付かせ、リーダーシップの効果を高めるためには、部下の状況を正確に診断し、最適なスタイルを選択することに加え、それを実現するためのコミュニケーションスキルが不可欠です。部下との信頼関係を築き、傾聴や効果的な質問を通じて彼らの現状を深く理解し、それぞれの発達レベルに応じた適切な対話を行うこと。そして、部下の成長に伴うスタイル転換の意図を丁寧に伝えること。これらの対話とコミュニケーションの質を高めることが、SLII®実践の成否を握ると言っても過言ではありません。組織としてリーダーのコミュニケーションスキル開発に投資することは、部下育成と組織全体の活性化に繋がる重要な取り組みと言えるでしょう。