SLII実践の効果を最大化する:リーダーの継続的な学習と改善サイクルの回し方
はじめに:SLII導入とその先の課題
多くの組織で、リーダーシップ開発のためにシチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)の理論が導入されています。これは、部下の発達レベルに合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けるという、非常に実践的なフレームワークです。しかし、研修を受講したり理論を学んだりしただけで、実際のマネジメント現場で継続的に活用され、リーダーのスキルとして定着しないという課題に直面することもあります。
SLIIの真価は、一度学ぶことではなく、日々の実践の中で理論を適用し、その結果を振り返り、改善を続ける「継続的な学習と改善のサイクル」を回すことによって発揮されます。本稿では、SLIIを個々のリーダーがスキルとして定着させ、その効果を最大化するための継続的な学習・改善サイクルについて解説します。
SLII実践における「継続的な学習と改善サイクル」とは
SLIIは、基本的に以下の3つのステップで実践されます。 1. 診断(Diagnose): 目標やタスクにおける部下の発達レベル(D1-D4)を診断する。 2. 適合(Adapt): 診断した発達レベルに合わせて、最適なリーダーシップスタイル(S1-S4)を選択する。 3. 実行(Partner): 選択したスタイルに基づき、部下と関わる(指示的行動と支援的行動のバランスを調整)。
このサイクルは、部下との日々のインタラクションにおいて、意識的または無意識的に行われます。しかし、スキルとして向上させていくためには、この実行結果を「振り返り」、そこから新たな学びを得て次の実践に活かす「学習・改善」のプロセスを意図的に組み込むことが不可欠です。
したがって、SLII実践における継続的な学習と改善サイクルは、以下のようなステップで構成されます。
- 実践: 部下との関わりの中でSLIIの理論を適用する。
- 振り返り: 自身の実践について、客観的に評価・分析する。
- 学習: 振り返りから得た気づきや課題に基づき、必要な知識やスキルを補う。
- 改善: 次回の実践に向けて、具体的な行動計画を立てる。
この4つのステップを繰り返し行うことで、リーダーは自身のSLIIスキルを継続的に洗練させていくことができます。
各ステップの実践ポイント
1. 実践
- 意識的な適用: 日々のマネジメント業務の中で、「今、部下はどの発達レベルか?」「どのスタイルが適切か?」と意識的に立ち止まって考える習慣をつけます。
- 多様な状況での試行: 特定の部下やタスクだけでなく、様々な部下、様々なタスク、様々な状況(順調な時、課題が発生した時など)でSLIIを適用することを試みます。
- 理論の参照: 迷ったときや確信が持てないときは、SLIIの基本的な理論(S1-S4の定義、D1-D4の定義、指示的行動・支援的行動の内容、マッチングの考え方)に立ち返ります。
2. 振り返り
- 客観的な視点: 自身の行動(選択したスタイル、具体的な声かけや関わり方)と、それに対する部下の反応や結果(目標達成度、部下のモチベーション変化など)を客観的に評価します。
- 「なぜ?」を問う: 「なぜあのスタイルを選んだのか?」「なぜ部下はあのような反応をしたのか?」「何がうまくいって、何がうまくいかなかったのか?」と深く内省します。診断は正確だったか、スタイルは適切だったか、スタイルは意図した通りに実行できたかなどを問いかけます。
- 記録: 自身のSLII実践と、その結果、振り返りの内容を簡単なメモやジャーナルとして記録することは、後から自身の成長を振り返る上で有効です。
3. 学習
- 知識・スキルの補強: 振り返りで見つかった課題に基づき、SLIIに関する知識(例:特定のレベルへの関わり方、指示的行動・支援的行動の具体的な表現)や関連スキル(例:傾聴力、効果的なフィードバックの技術、目標設定スキル)を補強します。書籍、オンラインリソース、過去の研修資料などを活用できます。
- 他のリーダーからの学び: 同僚や先輩リーダーがどのようにSLIIを実践しているか、どのような工夫をしているかを知ることも大きな学びになります。
- 専門家からの助言: 必要に応じて、上司や人事担当者、外部コーチなど専門家からのフィードバックやアドバイスを求めます。
4. 改善
- 具体的な行動計画: 振り返りと学習の結果、「次回はここを変えてみよう」「このスキルを意識的に使ってみよう」といった具体的な行動計画を立てます。漠然と考えるのではなく、「〇〇という状況では、部下の様子を見てXXと判断し、△△のような声かけをしてみる」のように具体的に設定します。
- 小さな一歩から: 一度に多くのことを変えようとせず、実行可能な小さな改善目標を設定することで、成功体験を積み重ねやすくなります。
サイクルを効果的に回すための促進要因
リーダーが一人でこのサイクルを継続的に回していくためには、いくつかの促進要因が考えられます。
- 高い自己認識: 自身のリーダーシップスタイルや傾向、強みと弱みを理解しているリーダーは、自身の行動を客観的に振り返り、改善点を見つけやすくなります。自身の感情や部下への先入観などが診断に影響していないかなども内省の対象となります。
- フィードバックの活用: 上司からのパフォーマンス評価はもちろん、同僚や部下からの率直なフィードバックは、自身のSLII実践がどのように受け止められているかを知る貴重な機会です。特に、部下からのフィードバックは、リーダーシップスタイルの有効性を測る上で非常に重要です。
- 学習機会へのアクセス: 組織が提供する追加研修、フォローアップセッション、コーチング、メンタリングといった学習機会を活用できる環境は、リーダーの継続的なスキル向上を支援します。
- 実践機会の確保: SLIIを実践できる多様な機会があること、また、新しいスタイルを試すことへの心理的な安全性が確保されていることも重要です。
- 記録・ジャーナリング: 定期的に自身のリーダーシップ実践について記録することで、自己認識が深まり、振り返りの質が高まります。
組織としてサイクルを支援する方法
対象読者である研修企画担当者の方々にとって、個々のリーダーがこのサイクルを継続的に回せるように組織としてどのような支援ができるかは重要な視点です。
- 学習文化の醸成: 失敗を恐れずに新しいアプローチを試み、そこから学びを得ることを奨励する文化を醸成します。リーダーシップ開発を個人の努力だけでなく、組織全体の取り組みとして位置づけます。
- フィードバックシステムの整備: 多様なチャネル(例:1on1、360度評価、パルスサーベイ)を通じて、リーダーが部下や同僚からのフィードバックを定常的に得られる仕組みを構築します。フィードバックを建設的に受け止め、活用するための研修やガイドラインも有効です。
- 研修プログラムのフォローアップ: SLII研修を一回実施するだけでなく、フォローアップ研修、実践報告会、ワークショップなどを定期的に開催し、学び合い、悩みを共有し、新たな気づきを得る機会を提供します。
- マネージャー間の情報交換会: 部下育成の成功事例や困難事例を共有し、互いにアドバイスし合う場(例:マネージャー・コミュニティ、メンター制度)を設けることで、実践知の共有と相互学習を促進します。
- SLIIの実践を評価に取り入れる検討: 行動評価の項目にSLIIの実践度合いを含めることも、リーダーの意識向上に繋がる可能性があります(ただし、形式的な評価にならないよう、評価方法には十分な配慮が必要です)。
結論:継続は力なり
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、理論を理解するだけでなく、日々の実践を通じて体得していくスキルです。部下の状況を診断し、最適なスタイルを選択し、実行するという基本サイクルに加え、自身の実践を「振り返り」「学習し」「改善する」というサイクルを意図的に回すことで、リーダーは自身のSLIIスキルを着実に向上させることができます。
この継続的な学習と改善のプロセスは、リーダー個人の成長を促すだけでなく、部下のエンゲージメント向上やパフォーマンス最大化に繋がります。組織としては、このようなリーダーの継続的な学習を支援する文化や仕組みを整備することが、SLII導入の成功とその効果の持続に不可欠です。リーダーと組織が一体となってこのサイクルを回していくことこそが、SLIIを単なる研修テーマに終わらせず、組織全体のリーダーシップ能力向上に繋げる鍵となります。