SLII実践における指示的行動と支援的行動の最適なバランス:部下の自律性を育むリーダーシップの要諦
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに応じてリーダーシップスタイルを柔軟に変化させることを核とした実践的なモデルです。このモデルを構成する重要な要素が、「指示的行動」と「支援的行動」です。リーダーはこれら二つの行動要素を組み合わせることで、部下の状況に合わせた最適な関わり方を選択します。
しかし、SLIIの実践において多くのリーダーが直面する課題の一つが、これらの行動のバランスをいかに取るかという点です。指示が多すぎれば部下の自律性を阻害し、少なすぎれば混乱を招く可能性があります。同様に、支援が過剰であれば依存を生み、不足すれば孤立感を与えかねません。本記事では、SLIIにおける指示的行動と支援的行動の定義を再確認し、部下の自律的な成長を促すための最適なバランスの見極め方、そして実践における調整ポイントについて解説します。
指示的行動と支援的行動の定義
SLIIでは、リーダーの行動を「指示的行動(Directive Behavior)」と「支援的行動(Supportive Behavior)」の二つの軸で捉えます。
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指示的行動:
- 目標達成のために、部下が「何を」「いつ」「どのように」行うべきかを明確に伝える行動です。
- 具体的な行動としては、目標設定、役割・手順の説明、期日管理、進捗確認、問題発生時の具体的な指示などが含まれます。
- これは主にタスク遂行そのものに焦点を当てた行動です。
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支援的行動:
- 部下の自信、モチベーション、コミットメントを高めるための行動です。
- 具体的な行動としては、傾聴、励まし、承認、質問を通じた課題の発見支援、アイデアの引き出し、協働的な意思決定、目標達成への障害を取り除く支援などが含まれます。
- これは主に部下自身の内面的な状態や関係性に焦点を当てた行動です。
SLIIの4つのリーダーシップスタイル(S1からS4)は、これらの指示的行動と支援的行動の高低の組み合わせによって定義されます。
- S1 (指示型): 高い指示的行動、低い支援的行動
- S2 (コーチング型): 高い指示的行動、高い支援的行動
- S3 (支援型): 低い指示的行動、高い支援的行動
- S4 (委任型): 低い指示的行動、低い支援的行動
これらのスタイルは、部下のタスクに対する「発達レベル(D1からD4)」に合わせて使い分けることが推奨されます。
最適なバランスの見極め方:状況診断の深化
最適なバランスを見極めるには、部下やタスクを取り巻く状況を正確に診断することが不可欠です。特に重要なのが、部下の「発達レベル」の診断です。部下の発達レベルは、特定のタスクや目標に対する「能力(スキルや知識)」と「意欲(自信やコミットメント)」の組み合わせで評価されます。
- D1 (初心者): 能力が低く、意欲が高い
- D2 (期待外れ): 能力は低い/ややあるが、意欲が低い
- D3 (有能だが慎重): 能力が高く、意欲は低い/やや低い
- D4 (自律): 能力が高く、意欲が高い
重要なのは、部下の発達レベルは「人」全体ではなく、「特定のタスクや目標」に対して診断されるという点です。あるタスクではD4であっても、新しいタスクではD1になることもあります。リーダーはタスクごとに部下の能力と意欲を診断し、それに合わせた指示的行動と支援的行動のバランスを選択します。
| 発達レベル | 能力 | 意欲 | 推奨スタイル | 指示的行動 | 支援的行動 | バランスの考え方 | | :--------- | :----- | :----- | :----------- | :--------- | :--------- | :--------------------------------------------- | | D1 | 低い | 高い | S1 (指示型) | 高い | 低い | 何をすべきか「指示」し、行動を促す。意欲はあるので支援は最小限。 | | D2 | 低い/やや | 低い | S2 (コーチング型)| 高い | 高い | 手順を「指示」しつつ、意欲低下の原因を探り「支援」する。 | | D3 | 高い | 低い/やや | S3 (支援型) | 低い | 高い | 能力は高いので「指示」は減らし、自信や意欲を「支援」する。 | | D4 | 高い | 高い | S4 (委任型) | 低い | 低い | 「委任」し、必要な時だけ支援する。 |
この表が示すように、最適なバランスは部下の発達レベルによって大きく異なります。D1の部下には高い指示と低い支援、D4の部下には低い指示と低い支援が基本となります。特にバランスが重要になるのはD2とD3の部下であり、それぞれ指示と支援の両方が必要となります。
過不足がもたらす影響
指示的行動と支援的行動のバランスが適切でない場合、以下のような影響が考えられます。
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指示過多・支援不足:
- 特にD3, D4の部下に対してこのスタイルをとると、マイクロマネジメントと捉えられ、部下の自律性や創造性を阻害します。
- 部下は指示待ちになり、主体的な行動が減少します。
- 「自分は信頼されていない」と感じ、モチベーションやエンゲージメントが低下する可能性があります。
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指示不足・支援不足:
- 特にD1, D2の部下に対してこのスタイルをとると、部下は何をすべきか分からず混乱し、成果が出せません。
- リーダーから放置されていると感じ、不安や不満を抱きやすくなります。
- 最悪の場合、早期の離職につながることもあります。
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指示不足・支援過多:
- 特にD1, D2の部下に対して指示が不足していると、そもそもタスクを進められません。
- 必要以上に手厚い支援は、部下の依存を招き、自分で考えたり解決したりする機会を奪います。
- 部下がいつまでも自律できず、リーダーの負担も減りません。
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指示過多・支援過多:
- 特にD3, D4の部下に対して指示が多いと、彼らの能力を活かせません。
- S2(コーチング型)はD2に有効ですが、D3, D4への過剰な指示と支援は、部下を混乱させたり、煩わしく感じさせたりする可能性があります。
実践におけるバランス調整のポイント
最適なバランスは静的なものではなく、状況や部下の変化に応じて動的に調整されるべきものです。以下のポイントを意識することで、より効果的なリーダーシップを発揮できます。
- 継続的な対話: 部下と定期的に対話し、タスクの進捗だけでなく、部下の能力(できていること、課題)と意欲(自信、モチベーション、困りごと)を確認します。これにより、部下の発達レベルの変化を捉え、必要な行動を調整できます。
- タスクの具体性と複雑さ: 新しいタスクや複雑なタスクの場合、一時的に指示的行動を増やす必要があるかもしれません。一方で、慣れたタスクや部下に任せたいタスクでは、指示を減らし、支援または委任の度合いを増やします。
- 部下からのサインを見逃さない: 部下からの質問の頻度、報告内容、表情、会話のトーンなどから、彼らが今何を必要としているのか、指示が必要なのか、それとも励ましや相談に乗る時間が必要なのかを察知しようと努めます。
- リーダーシップ契約の活用: 部下と目標やタスクについて話し合う際に、「このタスクではあなたに〇〇のやり方を具体的に指示します(指示的行動)」「困ったらいつでも相談に乗ります(支援的行動)」のように、どのようなスタイルで関わるかの期待値をすり合わせます。これにより、部下の混乱を防ぎ、建設的な関係を築くことができます。
- リーダー自身のスタイルの認識: 自身が指示的になりやすいか、支援的になりやすいかといった傾向を理解することも重要です。自己認識を高めることで、意図的に普段と異なるスタイルを試みたり、意識的にバランスを調整したりすることが可能になります。
研修企画担当者への示唆
SLII研修を企画する際には、指示的行動と支援的行動の理論的な解説だけでなく、実践的なバランスの見極め方と調整方法に焦点を当てることが有効です。
- ケーススタディ: 様々な部下の発達レベルやタスク状況を設定したケーススタディを用意し、参加者に最適なリーダーシップスタイル(指示と支援の組み合わせ)を選択・議論させる演習を取り入れます。
- ロールプレイング: 部下との対話シーンを想定したロールプレイングを通じて、参加者が指示的行動と支援的行動を使い分ける練習をします。特に、D2やD3の部下との対話に焦点を当て、指示と支援を効果的に組み合わせるスキルを磨きます。
- 自己診断と相互フィードバック: 研修内で、参加者自身のリーダーシップスタイル傾向を診断したり、お互いにフィードバックを与え合ったりする機会を設けることで、自己認識を高めます。
- 変化への対応: 部下の発達レベルは常に変化することを強調し、一度診断したら終わりではなく、継続的な観察と対話を通じてスタイルを調整する重要性を伝えます。
まとめ
SLIIにおける指示的行動と支援的行動の最適なバランスは、部下の特定のタスクに対する発達レベルによって異なります。D1には高指示/低支援、D2には高指示/高支援、D3には低指示/高支援、D4には低指示/低支援が基本です。このバランスが崩れると、部下の自律性を阻害したり、成果が出せなかったり、依存を招いたりといった様々な課題が発生します。
効果的なリーダーシップを発揮するためには、部下との継続的な対話を通じて状況を正確に診断し、タスクの特性や部下の変化に応じて指示と支援の度合いを柔軟に調整することが不可欠です。研修においては、こうした理論だけでなく、実践的な診断スキルとバランス調整のスキルを習得するための演習を豊富に盛り込むことが、リーダーの行動変容と組織全体のリーダーシップ力向上につながる鍵となります。バランスの取れたSLIIの実践を通じて、部下一人ひとりの自律的な成長と組織全体のパフォーマンス向上を実現していくことができるでしょう。