SLIIの実行プロセスを理解する:部下育成を加速させるサイクルマネジメント
はじめに:SLIIにおける「実行プロセス」の重要性
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に変化させることで、部下の成長を促進し、パフォーマンスを最大化することを目指す実践的なリーダーシップモデルです。SLIIの理論を理解するだけでなく、日々のマネジメントの中でその考え方を効果的に「実行」し、持続的な成果につなげることが重要になります。
SLIIの実践は、単に部下の状況を見てスタイルを変える一過性の行動ではありません。部下の成長を継続的に支援し、自律性を育むためには、一連の「サイクル」として捉え、計画的かつ継続的に実行していく必要があります。本記事では、SLIIを組織に導入または研修プログラムとして展開する上で理解しておくべき、効果的なSLII実践のための実行プロセスと、そのサイクルを回すことの重要性について解説します。
SLII実践の基本サイクル
SLIIの効果的な実践は、以下の連続したステップからなるサイクルとして捉えることができます。
- 目標設定(Goal Setting): 部下が達成すべき具体的なタスクや目標を明確にする。
- 現状診断(Diagnosis): 特定されたタスクや目標に対する部下の発達レベル(意欲と能力)を診断する。
- スタイル選択(Matching): 診断した発達レベルに最も適したリーダーシップスタイル(S1-S4)を選択する。
- 合意形成(Contracting): 選択したスタイルでどのように進めるかについて、部下と合意形成を図る。(状況に応じて省略されることもありますが、特に初期段階や新しいタスクにおいては重要です)
- 実践と観察(Executing & Observing): 選択したスタイルで部下と関わりながら、進捗や部下の反応を観察する。
- 評価とフィードバック(Evaluating & Giving Feedback): 目標達成度やプロセスを評価し、部下の成長を促すフィードバックを行う。
このサイクルを繰り返し回すことで、部下の発達レベルの変化に合わせてリーダーシップスタイルを調整し、継続的な成長を支援することが可能となります。研修企画担当者としては、この一連のサイクルをいかにリーダーが実践できるようになるかをプログラムに組み込むことが重要です。
各ステップの詳細と実践のポイント
ステップ1:目標設定 - 育成すべき課題を明確にする
SLIIの実践は、常に「特定のタスクや目標」に対して行われます。部下のリーダーシップスタイルは、その部下全体に一律に適用されるものではなく、取り組むべきタスクや目標ごとに異なります。したがって、SLIIのサイクルを始める最初のステップは、部下と協力して明確な目標を設定することです。
- ポイント:
- 目標は具体的で、測定可能、達成可能、関連性があり、期限が明確である(SMART)ことが望ましいです。
- 部下が目標を理解し、その重要性を認識していることを確認します。
- 達成基準を明確にし、成功の定義を共有します。
ステップ2:現状診断 - 部下の発達レベルを見極める
目標が明確になったら、その目標達成に対する部下の現在の発達レベルを診断します。発達レベルは「能力」と「意欲(または自信)」の二つの側面から判断します。
- 能力(Competence): そのタスクを遂行するために必要なスキル、知識、経験。
- 意欲・自信(Commitment/Confidence): そのタスクに取り組むことへの動機付け、熱意、または達成への自信。
これら二つの側面を組み合わせることで、以下の4つの発達レベル(D1-D4)に分類されます。
- D1(意欲はあるが能力は低い): 新しいタスクに意欲的だが、経験やスキルが不足している状態。
- D2(意欲は低いが能力はやや高い): ある程度の経験はあるが、困難に直面したり自信を失ったりして意欲が低下している状態。
- D3(能力は高いが意欲は変動的): 十分なスキルはあるが、タスクへの意欲や自信に波がある状態。
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D4(能力も意欲も高い): タスクを自律的に遂行できる高い能力と意欲がある状態。
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ポイント:
- 診断は「人となり」ではなく「特定のタスク」に対する状態で行います。
- 部下への効果的な質問(例: 「このタスクについて、現時点でどのような点に不安がありますか?」「過去に同様の経験はありますか?」)や、これまでの行動観察、部下との対話を通じて、客観的な情報を収集します。
- 部下自身の自己認識も尊重しつつ、すり合わせを行います。
ステップ3:リーダーシップスタイルの選択 - 部下のレベルに合わせたアプローチ
診断した部下の発達レベル(D1-D4)に基づき、最も効果的なリーダーシップスタイル(S1-S4)を選択します。リーダーシップスタイルは、「指示的行動」と「支援的行動」の組み合わせで定義されます。
- 指示的行動(Directing Behavior): 目標達成のために取るべき具体的な行動、手順、役割、期限などを明確に伝えること。(例: 「〇〇から始めてください」「ステップ1、2、3の順で進めてください」)
- 支援的行動(Supporting Behavior): 部下の意見を聴き、決定に関与させ、自律性を促し、精神的に支えること。(例: 「何か困っていることはありませんか?」「どのように進めたいか考えを聞かせてください」「よく頑張っていますね」)
各発達レベルに対応するスタイルは以下の通りです。
- D1 → S1(指示型): 高い指示的行動、低い支援的行動。タスクの進め方を具体的に指示する。
- D2 → S2(コーチ型): 高い指示的行動、高い支援的行動。タスクの指示に加え、部下の意欲や自信を回復させるための対話や支援を行う。
- D3 → S3(支援型): 低い指示的行動、高い支援的行動。部下に任せつつ、必要に応じて相談に乗ったり、一緒に考えたりする。
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D4 → S4(委任型): 低い指示的行動、低い支援的行動。タスクの多くを部下に委ね、最終的な報告を待つ。
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ポイント:
- 選択するスタイルは、部下全体ではなく、その「タスク」に対するものです。同じ部下でも、タスクが変われば最適なスタイルも変わります。
- スタイルは厳密にS1~S4のどれか一つに固定されるものではなく、指示的行動と支援的行動のバランスを意識することが重要です。
ステップ4:合意形成(リーダーシップ契約) - 進め方について部下と確認する
選択したリーダーシップスタイルでどのように部下と関わっていくかについて、部下と話し合い、合意形成を図ります。これは「リーダーシップ契約」と呼ばれることもあります。
- ポイント:
- リーダーが一方的に決めるのではなく、「私はあなたのこのタスクに対する発達レベルはD2だと考えています。したがって、しばらくは私がもう少し指示を出し、あなたの話を聞く機会を増やしたいと考えていますが、あなたはどう思いますか?」のように、部下と対話を通じて共通理解を深めます。
- 部下が現在の自身の状況(Dレベル)や、リーダーからどのような関わり方(Sスタイル)を望むかを表明することで、主体性が育まれます。
- 特にS1やS2スタイルでスタートする場合でも、将来的には部下が自律的にタスクを遂行できるよう(D4)、スタイルをS3、S4へと移行させていく意図を伝えることが、部下の成長意欲を刺激します。
ステップ5:実践と観察 - 部下の行動と進捗を注視する
合意したスタイルに基づき、部下との日々のコミュニケーションや関わりを実行します。同時に、部下のタスク遂行状況や、その過程での行動、発言、態度などを注意深く観察します。
- ポイント:
- 選択したスタイルに従って、指示の頻度や具体性、対話の量や質を調整します。
- 部下の小さな変化(成功体験による自信の向上、困難による意欲の低下など)を見逃さないように観察します。
- マイクロマネジメントにならないよう、発達レベルとスタイルに応じた適切な距離感を保ちます。S1やS2では比較的密な関わりが必要ですが、S3やS4では部下への信頼に基づいた関わりが中心となります。
ステップ6:評価とフィードバック - 成長を促す対話
タスクの節目や一定期間ごとに、部下の目標達成度やプロセスを評価し、建設的なフィードバックを行います。これは、部下が自身の強みや課題を認識し、次の成長ステップへ進むために不可欠です。
- ポイント:
- フィードバックは定期的かつタイムリーに行います。
- 具体的行動に基づいて、「〇〇という行動は非常に良かったです。その結果、△△という成果につながりました」のように伝えます。
- 改善点については、部下が次にどうすれば良いかを考えられるような形で伝えます。(例: 「〇〇の点について、次に試せそうなアプローチは何かありますか?」)
- フィードバックは、単なる評価だけでなく、部下の次の発達レベルや目標に向けた対話の機会と捉えます。
サイクルを回し続けることの重要性
部下の発達レベルは固定的なものではなく、経験や成功・失敗を通じて常に変化します。タスクに慣れて能力が向上したり、困難に直面して意欲が低下したりすることがあります。
したがって、リーダーは一度診断してスタイルを決定したら終わりではなく、常に部下の状態を観察し、必要に応じて再度診断を行い、リーダーシップスタイルを調整していく必要があります。この「目標設定 → 診断 → スタイル選択 → 合意 → 実践・観察 → 評価・フィードバック」の一連のサイクルを意識的に、そして継続的に回し続けることが、部下をD1からD4へと成長させ、最終的に自律的に高いパフォーマンスを発揮できる状態に導くための鍵となります。
組織におけるSLIIサイクル導入のポイント
企業の研修企画担当者が、このSLIIの実行プロセスを組織に浸透させるためには、研修プログラムにおいて以下の点を強化することが考えられます。
- 各ステップの実践スキル習得: 単なる理論解説に留まらず、各ステップ(特に「診断」「スタイル選択」「フィードバック」)で必要とされる具体的なスキル(観察、質問、傾聴、明確な指示の出し方、効果的な承認・励まし方など)を習得するための演習(ロールプレイング、ケーススタディ)を豊富に盛り込む。
- サイクル全体像の理解促進: 各ステップが独立したものではなく、互いに関連し合い、継続的に回すことで効果を発揮する「サイクル」であることを、図解などを活用して分かりやすく伝える。
- 自己認識と振り返りの機会: リーダー自身が自身の現在のリーダーシップスタイルや、部下の状況をどう診断しているかを振り返り、客観視する機会を設ける。
- フォローアップと実践支援: 研修後の実践を促すためのフォローアップ施策(実践報告会の実施、メンター制度、管理職間の情報交換会など)を組み込む。
まとめ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の成長を力強く後押しするための有効なフレームワークですが、その効果を最大限に引き出すためには、目標設定から診断、スタイル選択、実践、そして評価・フィードバックに至る一連のプロセスを「サイクル」として理解し、継続的に回すことが不可欠です。
リーダーがこのSLIIの実行サイクルを習得し、日々のマネジメントの中で自然に実践できるようになることは、部下一人ひとりのパフォーマンス向上だけでなく、自律的な組織文化の醸成にも寄与します。企業の研修担当者の皆様には、SLIIの理論教育に加え、この実践サイクルの習得に焦点を当てたプログラム設計を通じて、組織全体のリーダーシップ開発を推進されることを推奨いたします。