SLII®における部下の学習段階:発達レベルとリーダーシップスタイルの連携による能力開発支援
はじめに
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII®)は、部下の発達レベルに合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に変化させることで、部下のパフォーマンス向上と成長を支援する実証済みのリーダーシップモデルです。このモデルの核となる考え方は、部下の「状況」に応じてリーダーが関わり方を変えるという点にあります。ここでいう「状況」とは、特定の目標やタスクに対する部下の能力と意欲の組み合わせ、すなわち発達レベル(Development Level: D1-D4)を指します。
しかし、部下の発達レベルは静的なものではなく、時間とともに変化し、成長していくものです。特に、新しいスキルや知識を習得し、経験を積んでいく「学習プロセス」は、部下の発達レベルの変化と密接に関連しています。本稿では、SLII理論の枠組みを用いて、部下が特定のタスクや役割において学習を進める各段階で、リーダーがどのように関わることが部下の能力開発を最大化するのかについて解説します。研修企画ご担当者様にとって、SLIIを部下育成やOJTプログラム設計に応用する上での示唆となれば幸いです。
SLII®における部下の発達レベルと学習段階の関連性
SLIIでは、部下の発達レベルを能力(Competence)と意欲(Commitment)の組み合わせでD1からD4までの4段階に分類します。
- D1(熱意のある初心者): 能力は低いが意欲は高い。新しいタスクにやる気はあるが、スキルや知識が不足している段階。まさに学習プロセスの「開始」段階と言えます。
- D2(幻滅した学習者): 能力はまだ低いが、意欲は低下傾向にある。現実の難しさに直面し、自信を失いかけたり、不安を感じたりしている段階。学習プロセスにおいて、初期の壁にぶつかっている状態です。
- D3(有能だが慎重な実行者): 能力は高まってきたが、意欲は変動しやすい。ある程度は自分でできるようになるものの、自信が持てず、指示を待ったり、新しい挑戦に尻込みしたりすることがあります。学習プロセスが軌道に乗りつつも、自律的な応用には不安が残る段階です。
- D4(自立した達成者): 能力も意欲も高い。タスクを遂行するスキルも知識も十分にあり、自ら判断し、主体的に行動できます。学習プロセスにおいては、応用・発展、あるいは他者への指導が可能となる段階です。
このように、SLIIの発達レベルは、部下が新しいことや難しいことに取り組み、スキルを習得し、経験を積んでいく一連の「学習プロセス」における心理的・行動的な状態を的確に捉えています。リーダーは、部下が今、学習プロセスのどの段階にいるのか、その段階でどのような能力と意欲の状態にあるのかを見極めることが重要です。
学習段階ごとの最適なリーダーシップスタイル(SLII®スタイル)
SLIIでは、部下の発達レベルに対応する形で、リーダーシップスタイルをS1からS4までの4段階に分類します。各スタイルは、リーダーの指示的行動(タスク遂行に関する指示や手順の説明)と支援的行動(関係構築、傾聴、励まし、承認など)の組み合わせで構成されます。
部下の学習プロセスを促進し、能力開発を最大化するためには、各学習段階(発達レベル)に最適なリーダーシップスタイルを選択し、指示的行動と支援的行動を適切に使い分けることが不可欠です。
1. 学習開始段階(D1:熱意のある初心者)へのアプローチ
この段階の部下は、新しいタスクに対する意欲は高いものの、具体的な進め方や必要なスキルが不足しています。成功体験も乏しく、何から始めてよいか分からない状態です。
- 最適なスタイル:S1(指示型)
- リーダーの関わり方:
- 指示的行動(高): タスクの目的、具体的な手順、期待される成果を明確かつ詳細に伝えます。「何を」「どのように」「いつまでに」行うかを具体的に示し、最初のステップを踏み出すための方向性を明確にします。
- 支援的行動(低): 関係構築よりも、まずはタスク遂行に必要な情報の伝達に重点を置きます。ただし、部下の高い意欲に応え、安心感を与えるためのポジティブな言葉がけや励ましは有効です。
- 能力開発への影響: 不安を軽減し、最初の行動を促すことで、タスクへのとっかかりを提供します。成功への道筋を示すことで、部下が学習プロセスにスムーズに入り込むのを助けます。
2. 初期習得・壁にぶつかる段階(D2:幻滅した学習者)へのアプローチ
タスクに取り組み始めたものの、思うように進まなかったり、予期せぬ問題に直面したりして、意欲が低下しやすい段階です。能力はまだ十分ではありませんが、基本的な経験は積み始めています。
- 最適なスタイル:S2(コーチング型)
- リーダーの関わり方:
- 指示的行動(高): 引き続き具体的な指示や方向付けは必要ですが、S1ほど一方的ではなくなります。部下が直面している課題について質問し、共に解決策を考える姿勢を見せます。
- 支援的行動(高): 意欲が低下している部下に対して、傾聴、共感、励まし、承認といった支援的行動を多く提供します。努力や小さな成果を認め、自信を取り戻せるようにサポートします。なぜ難しく感じているのか、何に困っているのかを丁寧に聞き出します。
- 能力開発への影響: 困難に立ち向かう際の心理的な安全を提供し、諦めずに粘り強く取り組む意欲を回復させます。課題解決プロセスを共に考えることで、問題解決能力や思考力を養います。
3. 習熟・自律へ向かう段階(D3:有能だが慎重な実行者)へのアプローチ
タスク遂行に必要な能力は高まり、ある程度は自力でできるようになります。しかし、まだ自信が完全ではなく、重要な判断や新しい状況への対応にはリーダーの確認や支援を求めることがあります。意欲は変動しやすく、時に慎重になりすぎる傾向があります。
- 最適なスタイル:S3(支援型)
- リーダーの関わり方:
- 指示的行動(低): 具体的な指示は減り、部下自身に考えさせ、判断を促します。必要以上に口出しせず、見守るスタンスが中心になります。
- 支援的行動(高): 部下の自己決定や主体的な行動を促すための支援が中心となります。傾聴し、部下の考えや意見を尊重します。不安や懸念があれば耳を傾け、自信を持って行動できるように励まします。意思決定の際には、最終的な判断を委ねる前に、部下の考えを確認し、承認を与えます。
- 能力開発への影響: 部下の主体性、判断力、問題解決能力の向上を促します。リーダーの支援があるという安心感のもと、自律的にタスクを遂行する自信を育みます。意欲の波にも対応し、安定したパフォーマンスを引き出します。
4. 熟達・応用段階(D4:自立した達成者)へのアプローチ
タスクに対して高い能力と意欲を持つ段階です。自ら目標設定や問題発見を行い、解決策を実行できます。他者への指導や新しいタスクへの挑戦も可能です。
- 最適なスタイル:S4(委任型)
- リーダーの関わり方:
- 指示的行動(低): タスクの進め方に関する具体的な指示はほとんど不要です。目標設定や重要な戦略的判断など、高次の意思決定プロセスに関与することが中心になります。
- 支援的行動(低): 日常的な関わりは減りますが、部下からの相談に対しては耳を傾け、必要な情報提供や助言を行います。達成した成果を正当に評価し、次の成長機会を提供します。
- 能力開発への影響: 部下の自律性を最大限に尊重し、さらなる成長や新しい領域への挑戦を促します。リーダーはコーチや相談役のような役割を担い、部下が持つポテンシャルを最大限に引き出し、組織への貢献度を高めます。
部下の学習プロセスを加速させるリーダーの関わり方
SLIIのスタイルを学習段階に合わせて適用することは、部下の能力開発を効果的に進める上で非常に強力な手段です。これに加え、以下の点を意識することで、部下の学習プロセスをさらに加速させることができます。
- 継続的な状況診断: 部下の発達レベル(能力と意欲)は常に変動します。リーダーは定期的な対話や観察を通じて、部下が今どの学習段階にあり、どのようなリーダーシップを必要としているのかを継続的に診断する必要があります。同じ部下であっても、タスクが変われば発達レベルも変わることに注意が必要です。
- 率直な対話とフィードバック: 部下の現状の能力と意欲、そして次にどのような成長を期待しているのかについて、率直かつ建設的な対話を行います。特にD1やD2の段階では、具体的な行動へのフィードバックが学習を促進します。D3以降では、部下自身に振り返りを促し、自己評価とリーダーのフィードバックをすり合わせる機会を持つことが重要です。
- 成功体験の積み重ね: 小さなタスクでも良いので、部下が成功体験を積めるように、タスクの細分化や適切なサポートを行います。成功体験は、特に意欲が低下しやすいD2の部下にとって、学習を継続するための大きな動機づけとなります。
- チャレンジの提供: 部下の能力が高まり、発達レベルがD3やD4に移行してきたら、現在の能力レベルより少し上のレベルのタスクや役割を任せることで、さらなる成長機会を提供します。この際も、適切なリーダーシップスタイル(S3やS4)でサポートすることが重要です。
研修プログラム設計への応用
研修企画ご担当者様は、SLIIにおける部下の学習段階とリーダーシップスタイルの連携という視点を、以下の様に研修プログラム設計に応用できます。
- リーダー向けSLII研修の深化: 基本的なSLII理論に加え、部下がスキル習得や新しいタスクに取り組む際の具体的な学習プロセス(例:初めての営業訪問、新しいソフトウェアの操作、プロジェクトマネジメント手法の習得など)を想定し、それぞれの段階でどのような部下の状態(Dレベル)になりやすく、それに対してリーダーがどのような声かけや行動(Sスタイル)をとるべきか、具体的なケーススタディを豊富に盛り込みます。
- OJTリーダー向けトレーニング: 実際のOJT場面を想定し、新入社員や異動者が特定の業務を習得していく過程での発達レベルの変化を診断し、その都度最適な指示的行動と支援的行動のバランスを実践するロールプレイングやワークショップを取り入れます。
- キャリア開発プログラムとの連携: 社員のキャリア開発パス上の各ステップ(例:担当者→サブリーダー→リーダー)で求められるスキルや知識の習得プロセスと、それをサポートする上司のリーダーシップスタイルとの連携について考える機会を提供します。
- フィードバック文化の醸成: 定期的な1on1ミーティングやフィードバックセッションにおいて、SLIIの発達レベル診断の視点を取り入れ、部下の「学習進捗」に焦点を当てた対話のスキルを開発するトレーニングを行います。
まとめ
SLIIは、部下の現状の発達レベルに合わせたリーダーシップを発揮することで、部下のパフォーマンスと成長を支援する強力なフレームワークです。部下の成長は、特定のタスクや役割に対する継続的な学習プロセスとして捉えることができます。リーダーがこの学習プロセスの各段階(SLIIの発達レベルに対応)で、最適なリーダーシップスタイル(指示的行動と支援的行動の適切な組み合わせ)を選択し、部下と丁寧に関わることは、部下自身の能力開発を加速させるだけでなく、組織全体の学習力と適応力を高めることにも繋がります。
研修企画ご担当者様におかれましては、ぜひこの「学習段階とリーダーシップスタイルの連携」という視点を、貴社のリーダーシップ開発や人材育成プログラムに組み入れていただき、部下一人ひとりのポテンシャルを最大限に引き出す組織開発を進めていただければ幸いです。