目標達成のためのSLII®実践ガイド:部下の能力と意欲を引き出すリーダーシップ戦略
はじめに:現代における目標達成の課題とSLIIの可能性
現代のビジネス環境は変化が速く、企業や組織、そして個人には継続的な目標達成が求められています。多くの企業では目標管理システムを導入し、目標設定から評価までのプロセスを整備していますが、その運用には様々な課題が存在します。例えば、部下にとって納得感のある目標設定ができていない、目標達成に向けた進捗管理や実行支援が形骸化している、効果的なフィードバックが行われず部下の成長に繋がらない、といったケースが見られます。
これらの課題の根底には、リーダーシップのアプローチが一律になりがちであるという問題があります。部下一人ひとりの経験やスキル、目標に対する意欲や自信は異なります。この多様性を無視した一様なリーダーシップでは、部下の能力を最大限に引き出し、目標達成への主体的な関与を促すことは困難です。
シチュエーショナル・リーダーシップ®(SLII®)は、「部下の状況(発達レベル)」に応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けるという考え方に基づいています。この理論は、単なる部下育成のフレームワークに留まらず、個人やチームが目標を効果的に達成するための強力なアプローチとなり得ます。本稿では、SLIIのフレームワークを目標達成のプロセスにどのように適用し、部下の能力と意欲を引き出しながら成果を最大化するかについて、具体的な実践方法を解説します。
SLIIの基本要素と目標達成プロセスへの関連性
SLIIは、大きく分けて二つの要素に基づいています。一つは「部下の発達レベル(Development Level)」、もう一つは「リーダーシップスタイル(Leadership Style)」です。
部下の発達レベル(D1〜D4)
部下の発達レベルは、特定のタスクや目標に対する「能力」と「意欲/自信」の組み合わせで定義されます。
- D1(熱意ある初心者): 能力は低いが、意欲や自信は高い。新しいタスクに対しては意欲的だが、経験やスキルが不足している。
- D2(幻滅した学習者): 能力はまだ低い〜ややあるが、意欲や自信は低い。タスクの難しさに直面し、意欲や自信を失いがち。
- D3(有能だが慎重な実行者): 能力は高い〜かなりあるが、意欲や自信は不安定。タスクはこなせるが、単独での意思決定や責任を持つことに躊躇する場合がある。
- D4(自律した達成者): 能力は高く、意欲や自信も高い。タスクを自己管理し、質の高い成果を継続的に出せる。
リーダーシップスタイル(S1〜S4)
リーダーシップスタイルは、「指示的行動(Directing Behavior)」と「支援的行動(Supporting Behavior)」の組み合わせで定義されます。
- S1(指示型): 指示的行動が高く、支援的行動が低い。何を、いつ、どのように行うかを具体的に指示する。
- S2(コーチング型): 指示的行動が高く、支援的行動も高い。具体的な指示を与えつつ、部下の意見を聞き、励まし、サポートする。
- S3(支援型): 指示的行動が低く、支援的行動が高い。部下の意思決定を支援し、話を聞き、承認する。
- S4(委任型): 指示的行動が低く、支援的行動も低い。目標達成に関する責任と権限を部下に委ねる。
SLIIの核となる考え方は、部下の発達レベル(D)を診断し、そのレベルに最も適したリーダーシップスタイル(S)を提供する「マッチング」を行うことです。この柔軟なアプローチは、目標設定、進捗管理、レビュー、フィードバックといった目標達成の各プロセスにおいて、部下の状況に合わせた最適な関わり方を可能にします。
目標設定におけるSLIIの活用
目標設定は、目標達成プロセスの最初の、そして最も重要なステップです。SLIIの視点を取り入れることで、部下にとってより現実的で、かつストレッチの効いた、そして何より主体的に取り組める目標を設定することが可能になります。
まず、目標設定の対象となる「タスク」について、部下の現在の発達レベルを正確に診断することが重要です。同じ部下でも、タスクによって発達レベルは異なります(タスク特異性)。
部下の発達レベルに応じた目標設定のアプローチは以下のようになります。
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D1(熱意ある初心者)への目標設定:
- この段階の部下は、タスクに関する経験や知識がほとんどありません。目標は非常に具体的かつ明確にする必要があります。
- 大きな目標を細かく分解し、達成可能な短期的なステップ目標を設定します。
- 目標達成に向けた具体的な行動計画や手順を詳細に共有します。
- 成功体験を積み重ねられるような、無理のない範囲での挑戦を含めることが効果的です。
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D2(幻滅した学習者)への目標設定:
- 能力はまだ発展途上ですが、意欲や自信が低下している状態です。
- 目標設定においても、部下の自信回復と意欲向上に焦点を当てます。
- 過去の経験や困難について丁寧に聞き、部下の視点を理解します。
- 部下の意見や懸念を反映させながら、現実的で達成可能な目標を共に設定します。
- 目標達成を通じて、どのようなスキルが習得できるか、どのような成長が見込めるかを具体的に示し、内発的な動機づけを促します。
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D3(有能だが慎重な実行者)への目標設定:
- タスク遂行能力は十分ですが、自信のなさから単独での判断や責任を避けがちです。
- 目標設定においては、部下の主体性や自律性を引き出すことに焦点を当てます。
- 目標設定のプロセスに部下を積極的に巻き込み、部下自身に目標案を考えさせます。
- より難易度の高いタスクや、責任範囲を広げるようなストレッチ目標を設定し、部下の成長を促します。
- 目標達成における部下の専門性や貢献に対する期待を明確に伝えます。
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D4(自律した達成者)への目標設定:
- 能力も意欲も高く、自律的にタスクを遂行できる状態です。
- 目標設定においては、部下の高い能力と意欲をさらに引き出すことに焦点を当てます。
- 部下自身に目標を設定させ、その目標に対するリーダーの承認と期待を伝えます。
- 組織全体の戦略と部下の目標を結びつけ、貢献度を明確にします。
- 組織横断的なプロジェクトや、次世代育成といった新たな役割への挑戦を促す目標設定も有効です。
目標設定の際には、部下との間で「リーダーシップ契約」を結ぶという考え方も重要です。これは、設定した目標、目標達成のための計画、そして目標達成に向けて部下が必要とするリーダーからのサポートについて、リーダーと部下が合意することを意味します。この契約を通じて、部下は目標達成に向けた期待と、それに対するリーダーの関わり方を明確に理解し、安心してタスクに取り組むことができます。
進捗管理と実行支援におけるSLIIの活用
目標が設定されたら、次は実行段階に入ります。目標達成に向けた進捗管理とリーダーによる実行支援は、部下が軌道から外れず、困難を乗り越え、最終的に目標を達成するために不可欠です。ここでも、部下の発達レベルに応じたSLIIスタイルの適用が鍵となります。
進捗管理の頻度や方法は、部下の発達レベルによって調整します。
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D1(熱意ある初心者)への進捗管理・支援:
- 最も指示的なアプローチ(S1:指示型)が適しています。
- 進捗状況を頻繁に確認し、具体的な手順や方法について詳細な指示を提供します。
- 予期せぬ問題が発生した場合は、迅速に介入し、解決策を具体的に示します。
- 「何を」「いつまでに」「どのように」行うかを明確に伝え、部下が迷わないように導きます。
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D2(幻滅した学習者)への進捗管理・支援:
- 指示と支援の両方が必要なアプローチ(S2:コーチング型)が有効です。
- 進捗状況を定期的に確認し、部下の困難や課題について丁寧に聞き出します。
- 「なぜうまくいかないのか」「どうすれば改善できるか」といった問いかけを通じて、部下自身に考えさせ、解決策を見出すプロセスを支援します。
- 小さな成功や努力を認め、具体的なポジティブなフィードバックで部下の意欲と自信を高めます。
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D3(有能だが慎重な実行者)への進捗管理・支援:
- 支援的なアプローチ(S3:支援型)が中心となります。
- 進捗状況の確認頻度はD1やD2より減らしますが、部下が相談しやすい関係性を維持します。
- 部下の意思決定を尊重し、必要に応じて選択肢の検討やリスク評価などをサポートします。
- 部下の貢献や能力を承認し、自信を持ってタスクに取り組めるように励まします。
- 「何か困っていることはないか」「どのようにサポートすればよいか」といった問いかけを通じて、部下が必要とする支援を引き出します。
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D4(自律した達成者)への進捗管理・支援:
- 最も委任的なアプローチ(S4:委任型)が適しています。
- 進捗報告は部下の判断に任せ、基本的に部下の主体性に委ねます。
- 大きな方針の確認や、複数のタスク間の調整など、必要最低限の関わりに留めます。
- 部下からの相談があった際には、対等なパートナーとして議論に参加し、新たな視点を提供します。
- 部下の成果と貢献を最大限に承認し、次の挑戦を促します。
進捗管理は単なる監視ではなく、部下の状況を把握し、必要なリーダーシップスタイルを提供するための機会です。部下の発達レベルは固定ではなく、経験やサポートによって変化します。進捗を確認する度に部下の現在の発達レベルを再診断し、リーダーシップスタイルを柔軟に切り替える「スタイルスイッチング」のスキルが重要になります。
レビューとフィードバックにおけるSLIIの活用
目標期間の終わりに、成果をレビューし、部下にフィードバックを提供することは、目標達成プロセスの重要な締めくくりであり、次の目標に向けた成長の礎となります。SLIIの考え方は、このフィードバックの質と効果を大きく向上させます。
フィードバックは、単に成果の良し悪しを伝えるだけでなく、部下の行動やスキルに焦点を当て、今後の成長に繋げるための対話です。部下の発達レベルに応じて、フィードバックの内容、伝え方、そしてその後のフォローアップを調整します。
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D1(熱意ある初心者)へのフィードバック:
- 具体的で分かりやすいフィードバックが必要です。
- できたこと(小さな成功)を具体的に認め、ポジティブな強化を行います。
- 改善点については、具体的な行動レベルで何を変えればよいかを明確に伝えます。指示的なスタイル(S1)でのフィードバックが中心となります。
- 次のステップに向けて、具体的な行動計画や学ぶべきスキルを提示します。
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D2(幻滅した学習者)へのフィードバック:
- 部下の意欲と自信に配慮したフィードバックが必要です。
- 成果だけでなく、そこに至るまでの努力やプロセスも評価します。
- 課題については、部下の困難や感情に寄り添いながら伝えます。改善策を共に考え、解決に向けて前向きな姿勢を引き出すコーチング的なアプローチ(S2)が有効です。
- 部下の成長可能性を信じていることを伝え、次の挑戦への意欲を醸成します。
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D3(有能だが慎重な実行者)へのフィードバック:
- 部下の貢献と能力を高く評価するフィードバックが重要です。
- 成果に対する部下自身の評価や内省を促します。
- さらに成長するための課題や、より自律的な行動への期待を伝えます。支援的なスタイル(S3)で、部下との対話を通じてフィードバックを行います。
- 部下が自信を持って次のステップに進めるよう、承認と励ましを提供します。
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D4(自律した達成者)へのフィードバック:
- 対等なパートナーとしての対話形式のフィードバックが適しています。
- 部下の自己評価を促し、自身の強みや課題について共に深く考察します。
- 組織全体への貢献や、自身の成長ビジョンについて議論します。委任的なスタイル(S4)で、部下の高い能力と視点に敬意を払った対話を行います。
- 新たな役割や挑戦に関する期待を伝え、共に未来について語り合います。
フィードバックは、目標達成サイクルを締めくくり、次の目標設定に繋がる重要な機会です。SLIIに基づいたフィードバックは、部下一人ひとりの状況に合わせた関わりを通じて、部下の自己認識を高め、成長意欲を引き出し、次なる目標達成に向けた準備を促します。
組織へのSLII導入と目標達成文化の醸成
SLIIを組織に導入し、目標達成の文化を醸成するためには、単にリーダーが個別にSLIIの知識を習得するだけでなく、組織全体で共通言語として理解し、実践していくことが重要です。研修企画担当者は、以下の点を考慮してプログラムを設計することが考えられます。
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SLIIの基本理論と目標達成プロセスの連携を体系的に学ぶ研修:
- 部下の発達レベル診断スキル(特にタスク特異性の理解)。
- リーダーシップスタイル(S1-S4)の実践的な使い分け。
- 目標設定、進捗管理、レビュー、フィードバックの各フェーズにおけるSLIIスタイルの適用演習。
- 「リーダーシップ契約」の実践方法。
- 部下の能力と意欲の変化を捉え、スタイルを柔軟に切り替えるスキル(スタイルスイッチング)。
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実践をサポートする仕組みの構築:
- 研修後のフォローアップやコーチング。
- リーダー同士がSLIIの実践について学び合えるコミュニティや勉強会の設置。
- 目標管理システムや人事評価システムとの連携(例:目標設定シートや評価シートにSLIIの考え方を反映)。
- 部下からのフィードバックを取り入れ、リーダー自身のスタイルを振り返る機会の提供。
SLIIを組織に根付かせることで、リーダーは部下一人ひとりに最適なサポートを提供できるようになり、部下は自身の状況に合わせた関わりを受けることで、より安心して、より主体的に目標達成に取り組むことができるようになります。これは、個人の成長を促進するだけでなく、チームや組織全体の目標達成能力向上に大きく貢献します。
まとめ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けることで、部下の能力と意欲を最大限に引き出し、目標達成を効果的に推進するための強力なフレームワークです。目標設定、進捗管理、そしてレビューとフィードバックという目標達成の各プロセスにおいて、SLIIの考え方を適用することで、部下一人ひとりに最適化された関わりを実現できます。
研修企画担当者の皆様にとって、SLIIはリーダーシップ開発プログラムの核となり得るだけでなく、組織全体の目標管理やパフォーマンス向上施策と連携させることで、より大きな効果を発揮する可能性を秘めています。SLIIの理論と実践を深く理解し、組織の状況に合わせて導入・展開していくことは、変化の激しい現代において、持続的な成長を遂げる組織を構築するための重要な一歩となるでしょう。
部下の状況を正確に診断し、適切なスタイルで関わるリーダーシップは、単に指示を与えるリーダーシップを超え、部下の自律的な成長と目標達成への主体的な関与を促します。SLIIの実践を通じて、皆様の組織における目標達成力がさらに高まることを願っております。