SLIIと目標管理制度の連携:パフォーマンス向上と人材育成を両立する実践的アプローチ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に調整することで、個々の成長とパフォーマンス最大化を目指す理論です。一方、目標管理制度(MBOやOKRなど)は、組織や個人の目標を明確にし、その達成度を管理・評価することで、組織全体のパフォーマンス向上を図る仕組みです。これら二つは、一見異なるフレームワークに見えますが、適切に連携させることで、パフォーマンスマネジメントと人材育成を効果的に両立させることが可能となります。
本稿では、SLIIの視点を目標管理制度の各プロセスにどのように組み込むか、その実践的なアプローチと期待される効果について解説します。
SLIIと目標管理制度を連携させる意義
現代のビジネス環境は変化が速く、組織には高い適応力と個々の従業員の自律的な成長が求められています。目標管理制度は組織のベクトルを合わせ、成果を追求するための強力なツールですが、単に目標達成度を評価するだけでは、個人の能力開発や内発的な動機付けに十分に繋がりません。
ここでSLIIが持つ「部下一人ひとりの状況に応じた関わり方」という視点が重要になります。SLIIを目標管理のプロセスに組み込むことで、リーダーは部下の現在の能力や意欲(発達レベル)を正確に把握し、目標達成に向けた支援を個別最適化できます。これにより、目標達成確度が高まるだけでなく、部下自身が成長を実感し、より自律的に目標に取り組むようになることが期待できます。
目標管理プロセスの各段階におけるSLIIの活用
目標管理制度は通常、「目標設定」「中間レビュー(進捗確認)」「期末レビュー(評価・フィードバック)」といったサイクルで運用されます。この各段階でSLIIの考え方をどのように活かせるかを見ていきます。
1. 目標設定段階
目標設定は、単に与えられた目標を部下が承諾する場ではありません。部下がその目標を自身の成長機会と捉え、コミットメントを高める重要なプロセスです。SLIIの視点を取り入れることで、目標設定そのものを育成の機会とすることができます。
- 部下の発達レベル診断: 設定しようとしている目標(タスク)に対して、部下が現在どのレベル(D1-D4)にあるかを診断します。その目標が部下にとって新しい挑戦なのか、ある程度経験のある分野なのか、難易度は適切かなどを考慮します。
- 目標設定プロセスへのSLIIスタイルの適用:
- D1(意欲は高いが能力は低い): 目標の意義や達成基準、具体的な取り組み方について、リーダーが明確に指示・説明する(S1 指示的)。目標を細分化し、初期段階のステップを具体的に合意します。
- D2(意欲は低いが能力は高い): 目標の重要性や、なぜその目標が部下のスキルにとって挑戦的であり、成長に繋がるのかを共に話し合い、納得感を醸成します(S2 コーチング)。部下の懸念や不安を傾聴し、意欲を高める働きかけを行います。
- D3(意欲は高いが能力は低い~中程度): 目標達成のための複数のアプローチや必要なリソースについて共に検討し、部下が主体的に目標達成計画を立てることを促します(S3 支援的)。リーダーは方向性を示唆し、障害を取り除くための支援を提供します。
- D4(意欲も能力も高い): 目標の方向性や期待成果を共有し、目標達成に向けた具体的な方法や計画は部下に委ねます(S4 委任的)。リーダーは部下の自律性を信頼し、必要に応じた支援を申し出ます。
- ストレッチゴールの設定: 部下の発達レベルを正確に見極めることで、現在の能力から見て少し挑戦的な、しかし達成可能な「ストレッチゴール」を適切に設定しやすくなります。特にD2やD3の部下に対して、意欲や能力をさらに引き出す目標設定が可能になります。
2. 中間レビュー(進捗確認)段階
中間レビューは、単に進捗を管理するだけでなく、部下の状況の変化を把握し、必要なサポートを提供するための重要な機会です。SLIIは、この対話の質を向上させます。
- 進捗と発達レベルの変化の確認: 目標達成に向けた進捗状況を確認すると同時に、そのタスクに対する部下の能力や意欲がどのように変化しているかを観察・対話を通じて診断します。新しい課題に直面して意欲が低下していないか、成功体験を通じて自信を深めていないかなどを見極めます。
- SLIIに基づいた対話: 中間レビューの目的と部下の現在の発達レベルに合わせて、リーダーの関わり方を変えます。
- D1/D2に近い状況であれば、より具体的に進捗状況を把握し、次のステップへの指示や、目標の意義の再確認を行います。
- D2/D3に近い状況であれば、部下が直面している課題や感じている困難について傾聴し、共に解決策を考えたり、励ましや承認を通じて意欲を高めたりします。
- D4に近い状況であれば、大きな方向性がずれていないかを確認しつつ、部下の自律的な取り組みを承認し、必要に応じて情報提供などの支援を行います。
- リーダーシップスタイルの調整: 中間レビューで再診断した部下の発達レベルに基づき、期末までのリーダーシップスタイルを再調整します。例えば、初期はD1だった部下が順調にスキルを習得しD2やD3に進んだと判断できれば、リーダーの関わり方をS1/S2からS2/S3へと移行させます。
3. 期末レビュー(評価・フィードバック)段階
期末レビューは目標達成度の評価だけでなく、部下の成長を促進し、次期の目標設定やキャリア開発に繋げるためのフィードバックの場です。SLIIは、フィードバックの効果性を高めます。
- プロセスと成長に焦点を当てたフィードバック: 目標達成度という結果だけでなく、目標達成に向けたプロセスにおける部下の行動、努力、そして SLII の中間レビューを通じて観察された発達レベルの変化や成長に焦点を当ててフィードバックを行います。これにより、部下は単に結果だけでなく、プロセスや自身の変化にも目を向け、次期への意欲を高めます。
- 発達レベルに応じたフィードバックの提供:
- D1/D2の部下に対しては、具体的な行動や小さな成功を明確に承認し、次のステップに向けた具体的な改善点や期待を明確に伝えます。
- D3の部下に対しては、目標達成に向けた取り組みの良い点や課題点を共に振り返り、部下自身が学びや改善策を見出すことを促します。リーダーは質問や傾聴を通じて支援します。
- D4の部下に対しては、目標達成への貢献を高く評価し、経験から何を学び、次にどのように活かしたいかなど、より高次の視点での対話を重視します。
- 評価と育成の連携: 目標管理の評価結果と、SLIIを通じて把握した部下の成長や強み・課題を結びつけ、次期の目標設定や必要な能力開発、研修計画へと反映させます。
SLIIと目標管理制度の連携による期待効果
- パフォーマンスの最大化: 部下の状況に合わせた適切な支援により、目標達成の確度が高まります。特に、新しい目標や困難な課題に取り組む際の部下のパフォーマンスを効果的に引き出します。
- 人材育成の促進: 目標達成というプロセス自体が、部下のスキルと意欲の発達を促す育成の機会となります。リーダーの個別最適な関わりにより、部下は自身の成長を実感しやすくなります。
- 部下のエンゲージメント向上: 自身の状況を理解し、成長を支援してくれるリーダーの存在は、部下の組織や仕事に対するエンゲージメントを高めます。目標管理が単なる管理ではなく、「自身の成長のためのツール」として認識されるようになります。
- リーダーシップの質の向上: リーダーは部下の状況をより注意深く観察し、関わり方を意識的に使い分けるようになるため、リーダーシップスキルそのものが向上します。
- 人事評価への納得感向上: 目標達成の「結果」だけでなく、「プロセス」や「成長」への評価やフィードバックが充実することで、部下は自身の評価に対してより高い納得感を得やすくなります。
連携を成功させるためのポイント
SLIIと目標管理制度の連携を組織で推進するためには、いくつかの重要なポイントがあります。
- 両者への理解浸透: SLII理論とその実践方法、そして組織における目標管理制度の目的と運用方法について、リーダーと部下双方の理解を深めるための体系的な研修が必要です。
- リーダーのスキル向上: 特に、部下の発達レベルを正確に診断するスキルと、診断に基づいてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分ける「スタイルスイッチング」のスキルは、繰り返し実践とフィードバックを通じて磨かれる必要があります。
- 「対話」の文化醸成: SLIIも目標管理も、リーダーと部下との質の高い対話があってこそ機能します。定期的な1on1ミーティングなどを奨励し、心理的安全性の高い対話ができる環境を整備することが重要です。
- 人事部門と研修部門の連携: 目標管理制度の設計・運用を担う人事部門と、SLII研修を提供する研修部門が密接に連携し、整合性の取れたメッセージを発信し、現場を支援する体制を構築する必要があります。
- 制度と運用の柔軟性: 組織の文化や事業特性に合わせて、目標管理制度の運用にSLIIの要素をどのように組み込むかを検討し、必要に応じて柔軟に調整していく姿勢も大切です。
まとめ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)と目標管理制度は、現代組織がパフォーマンス向上と人材育成を両立させるための強力な組み合わせです。目標管理の各プロセスにおいて、部下の発達レベルに応じたリーダーシップスタイルを意識的に適用することで、目標設定、進捗確認、フィードバックの質が向上し、部下一人ひとりの能力と意欲を最大限に引き出すことができます。
この連携を成功させるためには、組織全体でのSLIIと目標管理への理解促進、リーダーのスキルトレーニング、そして質の高い対話を重視する文化の醸成が不可欠です。ぜひ貴社の目標管理プロセスにSLIIの視点を取り入れ、組織と個人の更なる成長を実現してください。