SLIIにおける部下の意欲と能力の見極め方:発達レベル診断をより的確に行うための実践ポイント
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII®)は、リーダーが部下の特定の目標やタスクに対する発達レベルを診断し、そのレベルに合わせて自身のリーダーシップスタイルを柔軟に変化させることで、部下の成長を促進し、パフォーマンスを最大化することを目指すモデルです。このSLIIを実践する上で、部下の発達レベルを正確に見極めることは極めて重要であり、その精度がリーダーシップの効果を大きく左右します。
部下の発達レベルは、「意欲(Motivation)」と「能力(Competence)」という二つの側面を組み合わせて定義されます。意欲は、自信、コミットメント、モチベーションといった心理的な側面を指し、能力は、知識、スキル、経験といった業務遂行に必要な側面を指します。この二つの側面を正しく理解し、見極めることが、適切なリーダーシップスタイルを選択する第一歩となります。
SLIIにおける「能力」の見極め
まず、「能力」とは、特定の目標やタスクを遂行するために必要な知識、スキル、経験の有無および程度を指します。これは比較的外側から観察しやすい要素と言えます。
能力を見極めるためには、以下のような観点から部下を観察し、情報を収集することが有効です。
- 過去の経験と実績: 同様または関連性の高い業務における過去の経験や、そこでどのような成果を出してきたかを確認します。
- 知識レベルの確認: 業務に必要な知識(専門知識、業務プロセスに関する知識など)をどの程度習得しているかを、質問やディスカッションを通じて把握します。
- 実際の作業観察: 部下が実際に業務に取り組む様子を観察し、手順の理解度、スキルの習熟度、問題解決能力などを見極めます。
- 業務遂行における質問: 部下がどのような質問をするか、質問の頻度や内容から、理解度や不明点を推測します。
- フィードバックへの反応: 提供したフィードバックをどのように受け止め、その後の行動にどう反映させるかから、学習能力や経験を活かす力を見極めます。
能力が低い部下に対しては、具体的な指示や手順の説明が必要になります。これはSLIIにおける指示的行動にあたります。能力が高い部下には、詳細な指示よりも目標や期待される成果を伝え、ある程度の判断を委ねることが可能になります。
SLIIにおける「意欲」の見極め
次に、「意欲」とは、特定の目標やタスクに対する部下の心理状態、すなわち自信(自分ならできるという感覚)、コミットメント(目標達成への関与度)、モチベーション(やる気)を指します。能力と異なり、意欲は内面的な要素が強く、外見からは判断が難しい場合が多くあります。
意欲を見極めるためには、以下のような観点から部下との関わりを通じて情報を得ることが重要です。
- 主体性: 新しい業務や困難な課題に対して、自ら積極的に取り組もうとするか、指示待ちの姿勢かを確認します。
- 質問の多さや内容: 業務に関する質問が建設的で前向きか、あるいは消極的で自信のなさをうかがわせるものか。
- 表情や態度: 業務に取り組む際の表情、姿勢、言葉遣いなどから、心理状態を推測します。ただし、これはあくまで補助的な情報として捉える必要があります。
- 困難への向き合い方: 予期せぬ問題や困難に直面した際に、どのように反応し、対処しようとするか。粘り強く取り組む姿勢が見られるか。
- 目標達成へのこだわり: 設定された目標に対して、どれだけ真剣に向き合い、達成しようという強い意志を持っているか。
- 自己評価: 部下が自身の能力や達成度についてどのように評価しているか、自己認識と実際の状況との間にギャップがないかを確認します。
- 周囲との関係: チームメンバーや他部署との関わり方から、協調性や貢献意欲を推測できる場合があります。
意欲が低い部下に対しては、励ましや承認、傾聴といった支援的行動が有効となる場合があります。ただし、意欲は能力レベルと組み合わせて判断する必要があり、単に意欲が低いから支援すれば良いという単純なものではありません。
「意欲」と「能力」の組み合わせによる発達レベル(D1-D4)と見極めのヒント
SLIIでは、意欲と能力の組み合わせから部下の発達レベルを以下の4段階で定義します。各レベルでの見極めには、上記で述べた意欲と能力の見極め観点を総合的に活用します。
- D1(熱意にあふれる初心者):能力:低、意欲:高
- 新しい業務やタスクに対して強い関心とやる気を示すが、知識やスキル、経験が不足している状態です。
- 見極めのヒント: 積極的に手を挙げる、質問が多いが内容が基礎的、指示を熱心にメモする、期待が大きい発言をする。一方で、経験不足からくるミスが多い、作業に時間がかかる、予期せぬ問題に対応できない、という側が見られます。
- D2(幻滅した学習者):能力:低~中、意欲:低
- 新しい業務に着手し、期待とは異なる現実や困難に直面したことで、意欲が低下している状態です。ある程度の経験は積んだものの、まだ自律的に業務を遂行できる能力には達していません。
- 見極めのヒント: 以前のような熱意が見られない、質問が減るか、あるいは後ろ向きな内容になる、作業スピードが上がらない、ミスから立ち直るのに時間がかかる、自信がなさそうな態度をとる、諦めが早い、という側が見られます。
- D3(有能だが慎重な遂行者):能力:中~高、意欲:変動的(低~高)
- 業務に必要な知識やスキルは十分に習得しているものの、自信がなかったり、他の優先事項があったり、あるいは飽きが生じたりといった理由で、意欲が安定しない状態です。特定のタスクでは高い能力を発揮しますが、他のタスクではそうでない場合もあります。
- 見極めのヒント: 業務は正確にこなせるが、新しい挑戦には消極的、意見を求められても控えめ、自信なさげな発言をする、以前は楽しんでいた業務に飽きている様子、他の業務との板挟みで疲弊している、特定の分野には詳しいが、他の分野には関心がない、という側が見られます。
- D4(自律した達成者):能力:高、意欲:高
- 特定の目標やタスクに対して、必要な知識、スキル、経験を十分に持ち、さらに高いレベルで業務を遂行しようという強い意欲と自信を持っている状態です。自律的に判断し、問題解決を行い、他者を支援することも可能です。
- 見極めのヒント: 積極的に提案をする、困難な課題にも前向きに取り組む、自分で解決策を見つける、他者のサポートをする、高い目標を設定しそれを達成する、自信にあふれている、常に新しい知識やスキルを学ぼうとする、という側が見られます。
見極めの精度を高めるための実践ポイント
部下の意欲と能力を正確に見極めるためには、以下のような点を意識して実践することが重要です。
- 特定の目標・タスクに焦点を当てる: 部下の発達レベルは、その対象となる目標やタスクによって異なります。ある業務ではD4でも、全く新しい業務ではD1である可能性があります。常に「何に対する」発達レベルなのかを明確にすることが重要です。
- 継続的な観察と情報収集: 部下の発達レベルは時間とともに変化します。一度診断して終わりではなく、日々の業務遂行状況、行動、発言などを継続的に観察し、情報を更新していく必要があります。
- 部下とのオープンな対話: 部下自身の自己評価や、業務に対する考え、感じている困難などを直接聞く機会を設けます。部下の視点を知ることは、リーダーの見立ての偏りを修正するために非常に有効です。特に意欲に関しては、本人の言葉を聞くことが最も確実な情報源の一つとなります。
- 客観的な事実に基づいた判断: 印象や感情論ではなく、具体的な行動や成果といった客観的な事実に基づいて意欲や能力を判断することを心がけます。
- 固定観念を排除する: 過去の経験や学歴、年齢といった要素に囚われず、現在の特定のタスクに対する意欲と能力をフラットに見極めます。
- 複数の視点を持つ: 可能であれば、部下と関わる他のリーダーやチームメンバーからも情報を収集し、多角的な視点から見極めを行います。
正確な見極めがSLII実践にもたらす効果
部下の意欲と能力を正確に見極めることで、リーダーは部下にとって最適なリーダーシップスタイルを選択できるようになります。これは以下のような好循環を生み出します。
- 適切なサポートの提供: 能力が不足している場合は必要な指示を、意欲が低い場合は適切な支援を行うことで、部下が抱える課題に的確に対応できます。
- 部下の成長の加速: 部下の発達レベルに合った働きかけは、部下のスキルアップや自信向上を効果的に促し、成長を加速させます。
- 信頼関係の構築: 部下は「自分のことを理解し、自分にとって最適なサポートをしてくれている」と感じ、リーダーへの信頼感を高めます。
- エンゲージメント向上: 自分に合ったリーダーシップを受けることで、部下は業務への意欲やコミットメントを高め、エンゲージメントが向上します。
- 組織全体のパフォーマンス向上: 個々の部下が適切に成長し、高いエンゲージメントを持って業務に取り組むことで、チームや組織全体のパフォーマンス向上に繋がります。
研修プログラムへの示唆
SLIIの研修において、この「意欲と能力の見極め」は最も重要かつ難しいスキルの一つです。研修プログラムでは、単に定義を伝えるだけでなく、以下のような手法を取り入れることで、参加者(リーダー)の見極めスキル向上を図ることが考えられます。
- ケーススタディ: 実際の業務シーンを想定したケーススタディを通じて、部下の様々な言動や状況から意欲と能力を診断する演習を行います。
- ロールプレイング: リーダー役と部下役に分かれ、実際の対話を通じて部下の意欲や能力を探り、診断するロールプレイングを実施します。
- 観察ポイントの共有: 意欲や能力を見極める上での具体的な行動や発言のポイントを詳細に解説し、チェックリスト形式で提供するなど、実践的なツールを用意します。
- 自己評価と他者評価の比較: 研修参加者が自身の部下を診断し、部下本人や他の関係者からの評価と比較検討することで、見極めのズレに気づき、精度を高める機会を提供します。
正確な発達レベルの見極めは、SLIIを組織に根付かせ、真に機能させるための礎となります。研修を通じてリーダー一人ひとりがこのスキルを磨くことが、組織全体のリーダーシップ力向上に不可欠と言えるでしょう。