SLII実践の効果測定とフィードバック:リーダーシップ行動の評価と改善サイクル
はじめに
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分ける実践的なフレームワークです。多くの組織でSLII研修が導入されていますが、研修で理論や手法を学んだリーダーが、実際の現場でどれだけSLIIを実践できているのか、その実践はどの程度効果を発揮しているのかを把握し、継続的な能力向上につなげることは、人材育成および組織開発において重要な課題となります。
本記事では、SLIIの実践をどのように測定・評価し、その結果を効果的なフィードバックとしてリーダーに返すことで、リーダーシップ行動の改善と、それに伴う部下および組織のパフォーマンス向上サイクルを構築するかについて解説します。
SLII実践における「効果測定」の視点
SLIIの実践における効果測定は、単に研修の満足度を測るのではなく、リーダーの「行動変容」とそれがもたらす「結果」に着目する必要があります。具体的には、以下の視点から効果を測定することが考えられます。
- リーダーの状況診断スキル: 部下の特定のタスクに対する発達レベル(D1-D4)を的確に見極められているか。意欲と能力のバランスを正しく評価できているか。
- リーダーシップスタイルの選択: 診断した部下の発達レベルに対し、適切なリーダーシップスタイル(S1-S4)を選択・実行できているか。指示的行動と支援的行動のバランスは適切か。
- スタイルスイッチングの柔軟性: 部下やタスク、状況の変化に応じて、リーダーシップスタイルを柔軟に切り替えられているか。
- 部下との対話: 目標設定、発達レベルの確認、スタイルについての合意形成、フィードバックなど、SLIIの実践に必要な対話が効果的に行えているか。
- 部下の変化: 部下のタスクに対する発達レベルや自律性の向上、エンゲージメントの変化、目標達成率など。
- チーム・組織への影響: チーム全体のパフォーマンス向上、心理的安全性の醸成、学習文化の浸透など。
これらの視点を踏まえ、何を、どのように測定するのかを具体的に定義することが出発点となります。
SLII実践の測定・評価方法
SLII実践の評価には、複数のアプローチを組み合わせることが有効です。客観性と多角的な視点を確保することで、リーダーは自身の行動に対するより正確な認識を持つことができます。
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自己評価: リーダー自身が、特定の状況や部下との関わりにおいて、どのように状況を診断し、どのようなスタイルを選択・実行したかを振り返り、評価します。実践記録(ジャーナリング)をつけることも有効です。自身の気づきや内省を深める上で重要な方法ですが、客観性には限界があります。
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部下からのフィードバック(360度評価の一部として): 最も重要な評価の一つです。部下はリーダーのスタイルを直接的に経験する立場であり、そのリーダーシップが自身の発達やパフォーマンスにどのような影響を与えているかを最もよく知っています。匿名でのアンケートやフィードバック収集システムを活用し、「リーダーは私の〇〇というタスクに対して、どのような関わり方をしているか」「それは私の成長に役立っているか」といった具体的な項目について意見を収集します。SLIIのフレームワーク(診断の適切さ、スタイルの適切さ、指示的/支援的行動のバランスなど)に基づいた質問設計が効果的です。
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上司や同僚からのフィードバック: 上司はリーダーの全体的な行動やチームへの影響を、同僚は協働場面でのリーダーシップスタイルを観察する立場にあります。特に上司は、リーダーの状況診断やスタイル選択の妥当性について、より広い視点から評価できる場合があります。
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オブザーバーによる観察: 社内外の専門家や、SLIIの理解が深い担当者が、実際のリーダーと部下の関わりや会議での様子を観察し、SLIIの観点から評価を行います。時間とコストがかかる方法ですが、具体的な行動に対する詳細なフィードバックが可能になります。
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成果指標との紐付け: リーダーがSLIIを実践した結果として期待される、部下の目標達成率、タスク完了までのスピード、部下の離職率、エンゲージメントスコア、チームの生産性などの具体的な成果指標と紐付けて評価します。ただし、成果は様々な要因に影響されるため、SLII実践のみに起因するものと断定するのは難しい場合もあります。
これらの方法を組み合わせることで、リーダーは多角的な視点から自身のSLII実践の現状を把握することができます。
フィードバックの実施:SLIIの視点を取り入れて
収集した評価データをリーダーにフィードバックするプロセスは、その後の改善行動を促す上で非常に重要です。SLIIの観点を取り入れたフィードバックは、リーダーの成長を効果的に支援します。
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成長支援を目的とする: フィードバックは評価や批判ではなく、あくまでリーダーのスキル開発と成長を支援するためのものであることを明確に伝えます。心理的安全性を確保した上で行うことが不可欠です。
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具体的な行動に焦点を当てる: 「あなたは指示が曖昧だ」といった一般的な評価ではなく、「〇〇さんが□□というタスクに取り組んでいた際、あなたは具体的な手順や期限について指示を出さず、結果として〇〇さんが途中で立ち止まってしまった。あの状況では、もう少し指示的な関わり方(S1またはS2)が有効だったかもしれない」のように、特定の状況における具体的な行動と、それが部下や成果に与えた影響について言及します。
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SLIIのフレームワークを活用する: フィードバックの中で、SLIIの診断(部下の発達レベルの見立て)やスタイル選択の妥当性について言及します。「〇〇さんのあのタスクに対する発達レベルは、まだD1(意欲は高いが能力は低い)と見受けられました。その状況でS4スタイル(委任)を選択されたため、〇〇さんはどうすれば良いか分からず困惑していたようです。まずはS1スタイル(指示)で具体的な進め方を伝えることから始めると良かったかもしれません。」のように、SLIIの理論と紐付けて解説します。
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対話を通じて発達レベルを診断する: フィードバックセッション自体もSLIIの実践の場と捉えることができます。フィードバックを受けるリーダーの発達レベル(SLII実践スキルに関する)を見立て、それに合わせたフィードバックのスタイルを選択することも有効です。例えば、SLIIを学び始めたばかりのリーダーにはより指示的に、ある程度実践経験があるリーダーには支援的な対話を通じて自己分析を促すなどです。
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改善目標と行動計画を設定する: フィードバックを受けて終わりではなく、具体的にどのようなリーダーシップ行動を今後改善・強化していくのか、そのためにどのような行動をとるのかをリーダー自身が設定できるよう支援します。次のフィードバックまでの間に意識する点を明確にします。
評価と改善のサイクル
SLII実践の効果測定とフィードバックは、一度きりで終わるものではなく、継続的なサイクルとして運用することが理想的です。
- 計画: SLII実践においてリーダーが伸ばしたい、あるいは改善したい特定の行動やスキルを設定します。
- 実践: 設定した目標を意識しながら、実際の現場でSLIIを実践します。
- 測定・評価: 定期的に、上記で述べた様々な方法でリーダーのSLII実践を測定・評価します。
- フィードバック: 測定結果に基づき、リーダーに個別フィードバックを実施します。
- 改善・再計画: フィードバックの内容を踏まえ、自身のSLII実践をどのように改善するかを検討し、新たな目標を設定します。
このサイクルを回すことで、リーダーは自身の強みと課題を継続的に把握し、意図的にリーダーシップスキルを向上させることができます。
組織における展開の留意点
SLII実践の評価とフィードバックを組織的に展開する際には、いくつかの留意点があります。
- 目的の明確化: この取り組みが、評価のための評価ではなく、あくまでリーダーおよび部下の成長を目的としていることを組織全体に明確に伝達することが重要です。
- 評価者の育成: 特に360度評価やオブザーバー評価を取り入れる場合、評価者がSLIIのフレームワークを理解し、建設的なフィードバックができるようにトレーニングする必要があります。
- プライバシーと匿名性の確保: 特に部下からのフィードバックについては、匿名性を担保し、率直な意見が出せるような仕組みを構築することが信頼獲得につながります。
- 評価結果の取り扱い: 評価結果を人事評価と直接的に紐付けすぎると、率直なフィードバックが得られなくなる可能性があります。育成目的での活用に重点を置くことを検討します。
- ツールやシステムの活用: 測定・評価データの収集や集計、フィードバックレポートの作成には、専門のツールやシステムを活用すると効率的です。
結論
SLIIの研修は、リーダーに理論と実践の基礎を提供しますが、現場での継続的な実践と能力向上のためには、効果測定と建設的なフィードバックが不可欠です。リーダーシップ行動を定期的に評価し、SLIIのフレームワークに基づいた具体的なフィードバックを行うことで、リーダーは自身の強みと改善点を明確に把握し、より効果的なリーダーシップスタイルの使い分けができるようになります。
企業の研修企画担当者の皆様にとって、SLII研修後のフォローアップとして、このような評価・フィードバックの仕組みを導入することは、研修効果を最大化し、組織全体のリーダーシップ開発を継続的に推進するための重要なステップとなります。多角的な測定方法と、成長支援に主眼を置いたフィードバックプロセスを設計することで、リーダー一人ひとりの実践力を高め、最終的には部下や組織全体のパフォーマンス向上、そして強い組織文化の醸成へと繋がっていくことでしょう。