SLIIにおける「質の高い対話」の実践:部下の成長を引き出すリーダーシップの鍵
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けることで、個々の成長とパフォーマンス向上を支援する実践的なリーダーシップモデルです。このSLIIを効果的に機能させる上で、理論やフレームワークと同様に不可欠な要素が「質の高い対話」です。リーダーと部下の間で行われる対話は、SLIIの各ステップにおいて部下の状況を正しく診断し、最適なスタイルを選択・適用し、そしてその効果を確認するための生命線となります。
本記事では、SLIIの実践における対話の重要性に焦点を当て、部下の成長を引き出すための具体的な対話スキルとその実践ポイントについて解説します。
SLII実践における対話の重要性
SLIIの基本的なプロセスは、「状況診断」「スタイル選択」「スタイル適用」「進捗確認・再診断」というサイクルで構成されます。このサイクル全体を通して、リーダーは部下と密接に関わる必要があり、その関わりの大半が対話によって行われます。
具体的には、対話は以下の局面で極めて重要となります。
- 状況診断: 部下が特定のタスクや目標に対して現在どのような状態にあるのか(発達レベル:能力と意欲)を見極めるために、部下からの情報収集や本音の引き出しが必要です。これは一方的な観察だけでなく、部下とのオープンな対話を通じて行われます。
- スタイル適用: 診断に基づいて決定したリーダーシップスタイル(S1指示型、S2コーチ型、S3支援型、S4委任型)を部下に示す際、なぜそのスタイルをとるのか、部下に何を期待するのかなどを明確に伝える必要があります。ここでも、指示や説明、傾聴といった対話が中心となります。
- 目標設定と計画: 部下の発達レベルに応じた目標設定や行動計画の策定は、部下との合意形成を通じて行われます。対話なくして、部下が納得し、主体的に取り組める目標や計画は立てられません。
- フィードバックと承認: 部下の行動や成果に対するフィードバックや、努力・成長に対する承認は、部下の意欲や能力向上に直接影響します。効果的なフィードバックや承認は、適切なタイミングと伝え方、つまり質の高い対話によって実現されます。
- 関係構築: 信頼関係はSLII実践の土台です。部下が安心して自分の状況を伝えたり、チャレンジしたりするためには、リーダーとの間に心理的安全性に基づいた信頼関係が必要です。日々の何気ない対話も含め、継続的な対話が信頼関係を育みます。
これらの点から、SLIIは単なる「リーダーシップスタイルの使い分け理論」ではなく、「部下との関係性の中で、対話を通じて最適な関わり方を模索・実践するプロセス」であると言えます。したがって、SLIIの理論を理解するだけでなく、実践に活かすためには、対話スキルの向上が不可欠です。
部下の発達レベルを引き出す「質の高い対話」の実践ポイント
SLII実践において「質の高い対話」を行うためには、部下の発達レベル(D1~D4)を意識したアプローチが有効です。発達レベルごとに、リーダーは対話の中で特に何を意識すべきかを解説します。
D1(能力:低い / 意欲:高い)への対話
D1の部下は、新しいタスクに対して意欲は高いものの、知識やスキルが不足している状態です。この段階での対話は、彼らの意欲を損なうことなく、必要な情報や手順を正確に伝えることに重点を置きます。
- 実践ポイント:
- 明確な指示: タスクの目的、具体的な手順、期限などを簡潔かつ明確に伝えます。専門用語は避け、分かりやすい言葉を選びます。
- 質問の機会提供: 部下が疑問に思ったことを気軽に質問できる雰囲気を作ります。「何か分からないことはありますか?」と積極的に問いかけ、どんな質問でも歓迎する姿勢を示します。
- 意欲の承認: 部下の高い意欲や新しいことへのチャレンジ精神を具体的に承認します。「新しいタスクに前向きに取り組んでくれて嬉しいです」「その学ぶ姿勢は素晴らしいですね」といった声かけが有効です。
- 小さな成功体験の共有: 早い段階での成功体験が重要です。対話の中で、「まずはここまでやってみましょう」「この部分ができたら報告してください」のように、タスクを細分化し、小さな達成ごとに承認や次のステップへの指示を行います。
D2(能力:やや低い / 意欲:低い)への対話
D2の部下は、タスクに取り組む中で壁にぶつかり、自信を失ったり意欲が低下したりしている状態です。この段階での対話は、彼らの意欲を再燃させ、能力向上へのモチベーションを回復させることに焦点を当てます。指示だけでなく、支援的な関わりが重要になります(スタイル:S2コーチ型)。
- 実践ポイント:
- 傾聴と共感: 部下が抱える困難や不安、不満をじっくりと傾聴し、共感する姿勢を示します。「大変でしたね」「その気持ち、よく分かります」といった言葉で、部下の感情を受け止めます。
- 具体的な課題の掘り下げ: 意欲低下の根本原因を探るために、「具体的にどの部分で困っていますか?」「何が一番の障壁になっていますか?」といった質問を投げかけ、課題を明確にします。
- ポジティブな側面と成長の可能性への焦点を当てる: これまでの努力や、できたこと、小さな成果を具体的に認めます。「〇〇の部分は着実にできるようになってきていますね」「以前と比べて、この点は明らかに成長しています」といったポジティブなフィードバックを行います。
- 一緒に解決策を考える: 一方的に指示するのではなく、「どうすればこの問題を乗り越えられると思いますか?」「私に何か手伝えることはありますか?」と問いかけ、部下自身が解決策を考えるように促しつつ、必要な支援を提案します。
D3(能力:やや高い / 意欲:変動的)への対話
D3の部下は、タスク遂行に必要な能力は備わっているものの、自信の欠如や自律性への不安などから、意欲が安定しない状態です。この段階での対話は、彼らの潜在能力を引き出し、自信を高め、自律的な行動を促すことに焦点を当てます。リーダーは指示よりも支援的な役割が強くなります(スタイル:S3支援型)。
- 実践ポイント:
- 意見やアイデアの傾聴: 部下は知識や経験を持っています。彼らの意見やアイデアを積極的に求め、傾聴します。「この件について、どう思いますか?」「他に何か良いアイデアはありますか?」と問いかけ、意思決定プロセスへの参加を促します。
- 承認と励まし: 能力は高いことを認めつつ、自律的な行動への不安を払拭するような承認や励ましを行います。「あなたは〇〇のスキルが非常に高いですから、きっとできますよ」「これまでの経験を活かせば大丈夫です」といった言葉で自信をつけさせます。
- 挑戦を促す対話: 現在の能力よりも少し背伸びした目標や、責任範囲の拡大について話し合い、彼らが成長機会として捉えられるように促します。「もう少し踏み込んで〇〇まで担当してみませんか?」「この課題をあなたに任せたいのですが、どうでしょう?」といった問いかけを行います。
- 感情への配慮: 意欲が変動的である背景には、自信の欠如や不安があることが多いです。対話の中で部下の感情に配慮し、「何か不安なことはありますか?」「必要ならいつでも相談してください」といったサポートの意思を伝えます。
D4(能力:高い / 意欲:高い)への対話
D4の部下は、タスク遂行に必要な能力と意欲が十分に備わっており、自律的に成果を出すことができる状態です。この段階での対話は、彼らに権限を委譲しつつ、必要に応じて情報共有や意見交換を行うパートナーシップに近くなります(スタイル:S4委任型)。
- 実践ポイント:
- 目的と期待の共有: 具体的な指示ではなく、タスクの全体的な目的や期待される成果、制約条件などを共有します。細かいやり方は部下に委ねます。「このプロジェクトの目的は〇〇です。最終的に△△な状態を目指したいのですが、進め方はあなたに任せます」といった伝え方です。
- 情報提供と相談: 部下が必要とする情報を提供したり、重要な意思決定の際に相談に乗ったりします。リーダーはあくまでサポート役です。「何か必要な情報があれば言ってください」「もしよければ、〇〇の件についてあなたの意見を聞かせてもらえませんか?」と問いかけます。
- 成果への承認と感謝: 最終的な成果や、自律的に貢献したことに対して正当な承認と感謝を伝えます。「期待以上の成果を出してくれて素晴らしいです、ありがとう」「あなたが自律的に進めてくれたおかげで、非常に助かりました」といった言葉で、貢献を称賛します。
- 新たな挑戦への対話: D4の部下には、さらに難易度の高いタスクや、チーム・組織全体に影響するような役割を任せることが成長に繋がります。彼らのキャリア志向や興味関心を踏まえ、「次はこんなチャレンジに挑戦してみませんか?」といった対話を行います。
SLII研修における「質の高い対話」の扱い方
研修企画ご担当者様は、SLII研修プログラムを設計する際に、この「質の高い対話」の要素をどのように組み込むかを検討されると、より実践的な研修となるでしょう。
- 理論と実践の橋渡し: SLIIの理論(発達レベルとスタイル)を解説するだけでなく、それぞれの状況で「どのように声をかけるか」「どのような質問をするか」「どのようにフィードバックするか」といった具体的な対話例やロールプレイングを盛り込むことが有効です。
- スキル習得に焦点を当てる: 状況診断のスキル、傾聴スキル、質問スキル、フィードバック・承認スキルなど、対話に必要な個別のスキル要素を分解し、それぞれの習得に焦点を当てた演習を取り入れます。
- 自己認識の促進: 参加者自身が普段どのような対話の傾向にあるのか、どのようなスキルが不足しているのかを内省する機会を提供します。ペアワークやグループワークでの相互フィードバックも有効です。
- 継続的な実践への動機付け: 研修後も職場で継続的に対話スキルを磨くための、具体的な行動計画策定を促します。例えば、「来週、〇〇の部下と△△のテーマで、この記事で学んだ対話方法を試してみる」といった具体的な目標設定を支援します。
まとめ
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)を組織に浸透させ、効果的に活用するためには、理論の理解に加え、リーダー個々の「質の高い対話」スキルが不可欠です。部下の発達レベルを深く理解し、それぞれの状況に合わせた指示的行動と支援的行動を適切に使い分けることは、すべて対話を通じて行われます。
本記事で解説したように、D1からD4までの各発達レベルの部下に対して、リーダーが意識すべき対話のポイントは異なります。これらの対話スキルを磨くことは、部下の状況診断の精度を高め、最適なリーダーシップスタイルを適用し、部下の意欲と能力を最大限に引き出し、結果として組織全体のパフォーマンス向上と持続的な人材育成に繋がります。
企業の研修企画ご担当者様は、ぜひSLII研修の中に「質の高い対話」という要素を体系的に組み込むことをご検討ください。リーダーが対話の質を高めることで、SLIIの可能性を最大限に引き出し、エンゲージメントが高く、自律的に成長する組織文化を醸成することができるでしょう。