SLII®を効果的な研修プログラムとして設計・実施する方法
はじめに
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII®)は、部下の状況に応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けることで、個々の成長を促し、組織全体のパフォーマンスを向上させることを目指すモデルです。多くの企業がリーダーシップ開発や組織力強化のためにSLIIの導入を検討されており、その中心的な手段として研修プログラムの設計が挙げられます。
しかし、SLIIの理論を単に伝えるだけでなく、参加者が理論を理解し、実際の現場で実践できるようになるためには、研修プログラムをどのように設計し、実施し、そして効果を測定していくかが重要となります。
本記事では、SLIIを組織に効果的に浸透させるための研修プログラムについて、その設計、実施、そして評価に至るまでの体系的なステップと、それぞれの段階における重要な考慮事項を解説いたします。企業の研修企画担当者や組織開発に携わる方々にとって、SLII研修を成功させるための実践的なヒントとなれば幸いです。
SLII研修プログラム設計の目的設定
研修プログラムの設計に着手する前に、最も重要なステップは目的を明確にすることです。単に「SLIIを学ぶ」という抽象的な目的ではなく、組織が抱える具体的な課題や達成したい状態と結びつけて目的を設定する必要があります。
例えば、以下のような視点から目的を具体化することが考えられます。
- 組織の課題: 部下の自律性が低い、若手育成が進まない、マネジャーの育成スキルにばらつきがあるなど、現在の組織課題をSLIIの考え方でどのように解決できるか。
- 期待する成果: 研修終了後に参加者にどのような行動変容を起こしてほしいか?(例: 部下への指示・支援の使い分けができるようになる、部下の発達レベルを適切に診断できるようになる、部下との定期的な成長支援対話が増えるなど)
- 組織文化への影響: SLIIの考え方を組織全体の共通言語とし、より支援的で成長を促す文化を醸成することを目指すのか。
これらの目的を明確にすることで、研修プログラムの内容、対象者、実施方法、そして効果測定の方法が定まります。経営層や関係部署と目的を共有し、合意を得ることも、研修成功のために不可欠です。
研修対象者の設定とレベル分け
SLII研修は、組織内の様々な階層の従業員にとって有益であり得ますが、誰を対象とするかによってプログラムの内容や重点が変わってきます。
一般的な対象者としては、部下を持つマネジャー層やリーダー層が中心となります。彼らはSLIIの理論を学び、自身のマネジメントスタイルを改善することで、部下の育成とパフォーマンス向上に直接的に貢献することが期待されます。
一方、部下を持たないメンバー層を対象とする場合、自身の「部下」としての立場から、どのようなリーダーシップが自身の成長にとって効果的かを理解したり、同僚やプロジェクトメンバーとの協働におけるコミュニケーションに応用したりするなど、異なる視点での学びが考えられます。
対象者を特定したら、必要に応じてレベル分けを検討します。例えば、SLIIの基礎知識がない層、基本的な理解はあるが実践に課題がある層など、現状の理解度や経験レベルに合わせてプログラム内容を調整することで、より効果的な学習体験を提供できます。
プログラム内容の設計:理論と実践の融合
SLII研修プログラムの核となるのは、その内容設計です。理論の正確な伝達と、現場での実践に繋がるスキルの習得をバランス良く盛り込むことが重要です。
SLII理論の体系的な解説
SLIIを構成する主要な要素である「部下の発達レベル(D1-D4)」、「リーダーシップスタイル(S1-S4)」、「指示的行動」、「支援的行動」、「マッチング(部下の状況に応じた適切なスタイルの選択)」について、それぞれの定義、構成要素、そして関係性を分かりやすく解説します。
- 解説のポイント:
- 専門用語は避け、平易な言葉で説明する、または具体的な例を多く用いる。
- 単なる知識としてではなく、「なぜそれが重要なのか」「どのように活用するのか」という実践的な視点を常に意識する。
- 部下の発達レベルは固定的なものではなく、課題や目標ごとに変化するものであることを強調する。
実践スキルの習得
SLIIの真価は、理論を理解することではなく、それを現場で実践することにあります。以下のスキル習得に焦点を当てたコンテンツを盛り込みます。
- 状況診断スキル: 部下が特定の課題や目標に対して、現在どの発達レベルにあるかを適切に見極めるスキルです。
- コンテンツ例: ケーススタディ分析、具体的な部下の状況を想定したグループワーク、自己診断ツール活用など。部下の能力(Can Do)と意欲(Will Do)を見極めるための質問スキルや観察ポイントを指導します。
- スタイル選択スキル: 診断した部下の発達レベルに応じて、4つのリーダーシップスタイル(指示型、コーチング型、支援型、委任型)の中から最も適切なスタイルを選択するスキルです。
- コンテンツ例: シミュレーション演習、ロールプレイング、判断基準を明確にするディスカッションなど。なぜそのスタイルが適切なのか、他のスタイルではなぜ効果が低いのかを論理的に考えさせる演習を取り入れます。
- 柔軟な行動スキル: 選択したスタイルに基づき、指示的行動と支援的行動の量と質を調整し、実際に部下とコミュニケーションを取るスキルです。
- コンテンツ例: ロールプレイング、フィードバック演習、対話シミュレーションなど。具体的な対話例を示したり、参加者自身がリーダー役・部下役を交互に行い、フィードバックを通じて実践スキルを高めます。特に、発達レベルが変化した際に、それに合わせてスタイルをどう移行させるか(スタイルフレックス)も重要なポイントです。
自己理解・他者理解の促進
リーダー自身のリーダーシップスタイルやコミュニケーション傾向を理解し、それが部下にどのような影響を与えているかを内省することも重要です。また、部下一人ひとりが異なる個性や成長のペースを持っていることを理解することも、柔軟なリーダーシップを実践する上で欠かせません。
- コンテンツ例: 自己診断アンケート、グループ内での自己開示と他者からのフィードバック、異なるタイプの部下との関わり方を考えるワークなど。
継続的な学習を促す要素
研修は一度きりのイベントではなく、継続的な実践と学習の始まりと位置づけます。
- コンテンツ例: 研修後の目標設定シート作成、実践記録(ジャーナリング)の推奨、フォローアップ研修やコーチングの機会提供、職場で活用できるツールやリソースの紹介など。
実施方法の検討
研修プログラムは、その目的、対象者、内容、予算、期間などを考慮して最適な実施方法を選択します。
- 集合研修: 参加者同士のインタラクションを深め、ロールプレイングやグループワークを通じて実践的なスキルを習得しやすい形式です。講師やファシリテーターからの直接的なフィードバックを得やすい利点があります。
- オンライン研修: 場所を選ばずに多くの参加者にリーチできるため、地理的に分散した組織に適しています。インタラクティブなツール(ブレイクアウトルーム、投票機能、チャットなど)を活用することで、集合研修に近いエンゲージメントを生み出す工夫が必要です。
- eラーニング: SLIIの基礎理論や概念を体系的に学ぶのに適しています。参加者は自身のペースで学習を進めることができますが、実践的なスキル習得には限界がある場合があります。
- ブレンディッドラーニング: eラーニングで基礎知識を習得後、集合またはオンラインで実践演習を行うなど、複数の形式を組み合わせることで、それぞれの利点を活かし、より効果的な学習体験を提供できます。
これらの実施方法を単独で、あるいは組み合わせて活用することで、学習効果を最大化することが可能です。
導入・運用における考慮事項
SLII研修を単発のイベントで終わらせず、組織に定着させるためには、研修以外の側面での考慮が必要です。
- 経営層のコミットメント: 経営層がSLIIの重要性を理解し、導入を推進する姿勢を示すことが、従業員の受容度を高めます。
- ファシリテーターの育成: SLIIの理論を熟知し、参加者の学びを促進できる質の高いファシリテーターの存在は、研修の成功に大きく影響します。社内ファシリテーターを育成することも有効です。
- 受講後のフォローアップ: 研修で学んだ知識・スキルを現場で実践するためのフォローアップ体制を構築します。OJTでの実践、上司や同僚からのフィードバック、継続的な学習機会の提供などが考えられます。
- 企業文化への定着: SLIIの考え方を人事評価、目標設定プロセス、日々のコミュニケーションに取り入れるなど、組織の仕組みや文化にSLIIを組み込んでいくことで、定着を促します。
効果測定と改善
研修プログラムの効果を測定し、その結果をもとにプログラムを改善していくことは、継続的に質の高い研修を提供するために不可欠です。
効果測定の視点としては、カークパトリックの4段階評価モデルなどが参考になります。
- Level 1: 反応 (Reaction): 研修に対する参加者の満足度や感想を測定します。(例: アンケート)
- Level 2: 学習 (Learning): SLIIの知識やスキルがどの程度習得されたかを測定します。(例: 理論に関するテスト、ケーススタディへの対応力評価)
- Level 3: 行動 (Behavior): 研修で学んだことを現場でどの程度実践しているかを測定します。(例: 上司や部下からの360度フィードバック、行動観察、実践記録の提出)
- Level 4: 結果 (Results): 研修が組織にもたらした具体的な成果(例: 部下のエンゲージメント向上、生産性向上、離職率低下など)を測定します。
これらの測定結果を分析し、プログラム内容、実施方法、フォローアップ体制などに課題が見つかれば、積極的に改善を加えていきます。
まとめ
SLIIを効果的な研修プログラムとして設計し、組織に浸透させるためには、単に理論を伝えるだけでなく、目的の明確化、対象者の設定、理論と実践をバランス良く盛り込んだ内容設計、適切な実施方法の選択、そして継続的な導入・運用上の考慮と効果測定が重要です。
本記事で解説したステップが、貴社のSLII研修プログラム企画・実施の一助となり、組織におけるリーダーシップ開発と部下育成の成功に繋がることを願っております。SLIIの考え方が組織文化の一部となり、従業員一人ひとりの成長を支援する土壌が育まれることで、組織全体の持続的な発展が期待できるでしょう。