不確実性の高い状況下におけるSLII実践:変化への適応を導くリーダーシップスタイル
不確実性の高い時代におけるリーダーシップの課題
現代ビジネス環境は、予測困難な変化と不確実性に満ちています。技術革新、市場の変動、社会情勢の変化など、様々な要因が組織に影響を与えています。このような状況下では、従来の固定的または画一的なリーダーシップスタイルでは、変化に対応し、組織のパフォーマンスを維持・向上させることが難しくなります。
特に、組織の変革期や予期せぬ事態が発生した際には、部下の状況も大きく変化します。情報の不足、タスクの曖昧さ、先行きへの不安などから、一時的に能力や意欲が低下する部下もいれば、逆に新たな機会として捉え、自律的に行動を開始する部下もいるかもしれません。リーダーには、このような多様かつ変動的な部下の状況を的確に把握し、一人ひとりに最適な関わり方を選択する柔軟性が求められます。
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、まさにこのような状況においてその真価を発揮します。SLIIは、部下や状況に応じてリーダーシップスタイルを柔軟に変化させることを重視する理論です。本稿では、不確実性の高い状況下でSLIIをどのように実践し、組織の変化適応能力を高めていくかについて解説します。
SLIIの基本要素と不確実性への適用
SLIIは、主に以下の3つの要素から構成されます。
- 部下の発達レベル(Development Level: D1-D4): 特定の目標やタスクに対する部下の能力と意欲の組み合わせを示します。
- D1: 能力低・意欲高(または変動)
- D2: 能力低~中・意欲低(現実を知り落胆など)
- D3: 能力中~高・意欲変動(自信のなさや不安)
- D4: 能力高・意欲高(自律的に成果を出せる)
- リーダーシップスタイル(Leadership Style: S1-S4): 指示的行動と支援的行動の組み合わせで定義されるリーダーの関わり方です。
- S1(指示型):指示的行動高・支援的行動低
- S2(コーチ型):指示的行動高・支援的行動高
- S3(支援型):指示的行動低・支援的行動高
- S4(委任型):指示的行動低・支援的行動低
- マッチング: 部下の発達レベルを診断し、それに最適なリーダーシップスタイルを選択・適用することです。
不確実な状況下では、従来の定型的な業務とは異なる、新しいタスクやプロジェクトが発生することが頻繁にあります。また、既存の業務であっても、進め方や目標が変更されたり、必要な情報が手に入りにくくなったりします。このような変化は、部下の特定のタスクに対する「能力」や「意欲」に直接影響を及ぼします。
例えば、ある分野で高い専門性を持つ部下(通常D4)でも、全く新しいプロジェクトにアサインされた場合、そのプロジェクトの初期段階においては、関連知識や経験が不足しているため、一時的に能力がD1またはD2レベルになる可能性があります。また、組織全体が不安定な状況にある場合、タスク遂行能力自体に変化がなくても、将来への不安などから意欲が低下し、D2やD3レベルに移行することもあり得ます。
SLIIは、このように状況の変化に応じて部下の発達レベルが変動することを前提としています。したがって、不確実性の高い状況においては、部下の状況をより頻繁かつ慎重に診断し、リーダーシップスタイルを柔軟に調整することが極めて重要になります。
不確実性の高い状況における部下の状況診断
変革期や不確実な状況下では、部下の発達レベルを見極めることがより難しくなります。特に以下の点に留意が必要です。
- 能力の変化: 新しい情報やスキルが求められるタスクに対して、従来の能力がそのまま通用しない場合があります。部下自身も、何が分からないのか、どのように進めればよいのかが明確でないことがあります。
- 意欲の変化: 不安、ストレス、混乱、先行き不透明感などが意欲を低下させる大きな要因となります。一方で、変化を成長機会と捉え、高い意欲を示す部下も存在します。
- 状況の流動性: 部下の能力や意欲は、状況の変化に伴って短期間のうちに変動する可能性があります。一度診断したからといって固定せず、継続的な観察と対話が必要です。
的確な状況診断を行うためには、以下の実践が有効です。
- 傾聴と共感: 部下が感じている不安や懸念、期待を丁寧に聞き取ります。彼らの視点から状況を理解しようと努めます。
- オープンな対話: タスクの具体的な内容、必要な情報、進捗、直面している課題について、部下が話しやすい雰囲気を作り、オープンに情報交換を行います。
- 行動の観察: 言葉だけでなく、実際の行動やタスクの遂行状況を観察し、能力レベルを判断する参考にします。
- 具体的な問いかけ: 「このタスクについて、今何が一番難しいと感じていますか?」「次に何をすればいいか、明確になっていますか?」「この状況について、どう感じていますか?」など、具体的な状況や感情に関する問いかけを行います。
不確実性の高い状況下では、部下自身も自分の状況を明確に認識できていないことがあります。リーダーとの対話を通じて、自身の状況を整理し、必要なサポートを求めることができるようになる場合もあります。
不確実性の高い状況におけるリーダーシップスタイルの適用
不確実性の高い状況では、部下の発達レベルに応じて、SLIIの各スタイルを戦略的に使い分けることが求められます。
- 混乱・不安が強い部下(D1/D2に傾きがち)への対応:
- S1(指示型): 何から手をつければよいか分からない、情報が錯綜しているといった部下には、明確な指示と具体的な手順を示すことが有効です。「まずはこの情報を集めてください」「次にこの担当者に連絡を取ってください」のように、取るべき行動を具体的に示します。これはマイクロマネジメントではなく、混乱している状況下で方向性を示すための建設的な指示です。
- S2(コーチ型): ある程度の情報は持っているものの、自信が持てない、不安を感じている部下には、S2スタイルが適しています。具体的な指示を与えつつ、部下の話を聞き、質問を通じて考えを引き出し、励ましや承認といった支援的な関わりを増やします。「この部分についてはどう考えますか?」「もし〇〇の情報があれば、次に進めそうですか?」「あなたのこれまでの経験なら、この課題も乗り越えられるはずです」といった声かけが考えられます。
- 不確実性の中でも自律性を持つ部下(D3/D4に傾きがち)への対応:
- S3(支援型): 能力はあるが、変化に伴う不確実性や新しい役割に戸惑いを感じ、意欲が変動しやすい部下(D3)には、S3スタイルが有効です。具体的な指示は控えめにし、部下の意見やアイデアを尊重し、決定をサポートします。不安を聞き、共感し、精神的な支えとなるような支援的行動を強化します。「この件について、あなたの考えを聞かせてください」「何か困っていることはありませんか?」「私がサポートできることはありますか?」といった問いかけを行います。
- S4(委任型): 不確実な状況下でも、新しい課題に対して高い能力と意欲を持ち、自律的にタスクを遂行できる部下(D4)には、S4スタイルで任せることが最も効果的です。タスクの目標や期待される成果を明確に伝えた上で、具体的な進め方や判断は部下に委ねます。報告を求めすぎず、必要に応じて相談に乗る姿勢を示します。これにより、部下の高いモチベーションと能力を最大限に引き出すことができます。
重要なのは、これらのスタイルを固定的に捉えるのではなく、部下の状況が変化するのに合わせて、リーダー自身も柔軟にスタイルを切り替える「スタイルスイッチング」を意識的に行うことです。不確実な状況下では、部下は複数のタスクを同時に抱え、それぞれのタスクに対する発達レベルが異なる場合も多いでしょう。タスクごとに部下の状況を診断し、最適なスタイルを選択することが、SLII実践の核となります。
変革期におけるSLII実践の継続的なポイント
不確実性の高い状況下でSLIIを効果的に実践し続けるためには、リーダーは以下の点を継続的に意識する必要があります。
- 頻繁なコミュニケーション: 状況が目まぐるしく変わる中で、部下とのコミュニケーション頻度を高めることは不可欠です。1on1ミーティングだけでなく、日常的な短い対話や進捗確認をこまめに行い、部下の状況を常にアップデートします。
- 目標の再確認と共有: 変革期には、当初の目標が変更されたり、優先順位が変わったりすることがあります。新しい状況下での目標を部下と共通認識として持ち続けることが、方向性を見失わないために重要です。
- ポジティブなフィードバックと承認: 不確実な状況は部下にとってストレスが大きく、努力や成果が見えにくい場合があります。小さな進歩や困難に立ち向かう姿勢に対しても、積極的にフィードバックや承認を行い、部下の意欲維持を図ります。
- リーダー自身の自己管理とモデル行動: リーダー自身も不確実性の影響を受けますが、自身の感情やストレスを適切に管理し、落ち着いて前向きな姿勢を示すことは、部下にとって大きな安心材料となります。不確実性の中でも学び、適応していく姿勢を自ら示すことが、組織全体の変化適応力を高めることに繋がります。
- 「リーダーシップ契約」の活用: SLIIでは、リーダーと部下が話し合い、特定の目標に対する部下の発達レベルと、それに対するリーダーの最適なスタイルについて合意する「リーダーシップ契約」が推奨されます。不確実な状況下では、この契約をより頻繁に見直す必要があります。状況の変化に伴い、部下のニーズとリーダーの関わり方を再確認する機会として有効です。
まとめ:SLIIで組織の変化適応力を高める
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の状況に応じてリーダーシップスタイルを柔軟に使い分けることで、あらゆる状況に対応できる強力なフレームワークです。特に、不確実性が高く、予測困難な現代においては、部下一人ひとりの変化する状況を的確に診断し、最適な関わり方を提供できるリーダーの存在が、組織の適応力とレジリエンス(回復力)を高める上で不可欠となります。
変革期や不確実な状況下でのSLII実践は、リーダーにとって簡単な道のりではありません。より頻繁な状況診断、迅速なスタイルスイッチング、そして部下との密接で支援的なコミュニケーションが求められます。しかし、SLIIの理論と実践を深く理解し、組織全体で活用することで、部下は変化の中でも適切なサポートを受けながら能力と意欲を維持・向上させることができ、結果として組織全体のパフォーマンスと変化への適応力を高めることが期待できます。
組織の研修企画ご担当者様におかれましては、不確実性の高い時代におけるリーダーシップ開発の重要性を踏まえ、SLIIを組織の共通言語とし、リーダーが状況に応じて柔軟に対応できるスキルを身につけるための研修プログラム設計・実施を検討されることをお勧めいたします。SLIIの実践は、変化に強く、しなやかな組織文化を醸成するための礎となるでしょう。