部下のタスク習熟度に応じたSLII実践:目標ごとのリーダーシップスタイル選択ガイド
シチュエーショナル・リーダーシップ(SLII)は、部下の発達レベルに合わせてリーダーシップスタイルを柔軟に変えることで、部下の成長とパフォーマンス向上を促す効果的なアプローチとして広く認識されています。SLIIの核心の一つは、部下を一つの固定的な「人」として捉えるのではなく、「特定のタスクや目標」に対する発達レベルで診断するという点にあります。つまり、同じ部下であっても、取り組むタスクや目標が変われば、そのタスクにおける発達レベルも異なり得るため、リーダーはそれに応じて適切なリーダーシップスタイルを選択する必要があるのです。
本稿では、SLIIをより実践的に活用するために、部下のタスクや目標ごとの発達レベルを見極め、最適なリーダーシップスタイルを使い分ける方法について掘り下げて解説します。特に企業の研修企画担当者の皆様が、この重要な視点を組織内のリーダー育成にどう活かせるかのヒントを提供することを目指します。
なぜタスク・目標別の発達レベル診断が重要なのか
SLIIの理論では、部下の発達レベル(Development Level: D1~D4)は、特定の目標やタスクに対する「能力(コンピテンス)」と「意欲(コミットメント)」の組み合わせで定義されます。ここでいう「能力」は知識やスキル、「意欲」は自信や動機付けを指します。
重要なのは、部下の発達レベルがその「人全体」ではなく、「特定の目標やタスクに対して」診断される点です。例えば、ある部下が長年経験しているルーチン業務については高い能力と意欲(D4)を持っているかもしれません。しかし、新しいプロジェクトや未経験の業務を担当することになった場合、その新しいタスクに対しては能力が低く、不安を感じている(D1)可能性があります。あるいは、新しいタスクには高い意欲があるものの、まだ必要なスキルがない(D2)という状況も考えられます。
このように、部下の発達レベルはタスクや目標によって変動するため、リーダーは部下を包括的にDレベルで判断するのではなく、目の前の「何を達成しようとしているのか」という目標やタスクに焦点を当てて診断を行う必要があります。このタスク・目標別の診断こそが、SLIIの実践をより的確で効果的なものにする鍵となります。
タスク・目標別の発達レベル診断の実践
部下のタスクや目標に対する発達レベルを診断するには、以下のステップとポイントが有効です。
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タスクまたは目標の特定:
- 部下が取り組む具体的なタスクや目標を明確にします。「〇〇プロジェクトの計画を立案する」「新しいシステムの操作を習得する」「顧客への提案資料を作成する」など、具体的に定義することが重要です。抽象的な目標ではなく、達成すべき行動や成果が明確なものが診断に適しています。
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そのタスク・目標に対する能力(Competence)の診断:
- 部下は、そのタスクや目標を達成するために必要な知識、スキル、経験をどの程度持っているか?
- 過去に同様のタスクを成功させた経験はあるか?
- 必要なスキルや知識の習得にはどのくらいの時間がかかるか?
- 自己評価と客観的な事実(成果物、行動観察など)の両面から判断します。
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そのタスク・目標に対する意欲(Commitment)の診断:
- 部下はそのタスクや目標に対して、どの程度自信を持っているか?
- 前向きに取り組む姿勢があるか?
- 成功に対する意欲は高いか?
- 難しさに対して諦めずに取り組む粘り強さがあるか?
- 対話を通じて、部下の内面的な感情や考えを引き出すことが重要です。
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発達レベル(D1-D4)のマッチング:
- 診断した能力と意欲の組み合わせから、そのタスク・目標に対する部下の発達レベルを特定します。
- D1(低い能力/高い意欲または低い意欲): 新しいタスクなどで能力が低く、意欲が高いか、あるいは失敗経験などから意欲も低下している状況。
- D2(やや低い~やや高い能力/低い意欲): ある程度タスクに着手できる能力はついてきたが、うまくいかないことや難しさから意欲が低下している状況。
- D3(やや高い~高い能力/変動的な意欲または低い意欲): タスク遂行に必要な能力は備わっているが、自信のなさや外部要因などで意欲が安定しない、あるいは低下している状況。
- D4(高い能力/高い意欲): そのタスクを自律的に遂行できる知識、スキル、経験があり、かつ高い自信と意欲を持っている状況。
- 診断した能力と意欲の組み合わせから、そのタスク・目標に対する部下の発達レベルを特定します。
発達レベルに応じたリーダーシップスタイルの選択と実践
タスク・目標に対する部下の発達レベルを診断したら、次にそのレベルに最適なリーダーシップスタイル(S1-S4)を選択します。SLIIのリーダーシップスタイルは、指示的行動(目標設定、計画、指示、進捗確認など)と支援的行動(傾聴、質問、承認、励まし、共に考えるなど)の二つの要素の組み合わせで定義されます。
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D1(低い能力/高い意欲or低い意欲) ⇔ S1(指示型):
- リーダーの関わり: 高い指示的行動、低い支援的行動。
- 実践のポイント: 具体的なタスクの手順や方法を明確に指示し、期待する成果を分かりやすく伝えます。なぜそのタスクが必要なのか、全体像を伝えることも部下の意欲維持に繋がります。質問には丁寧に答え、小さな成功を促します。
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D2(やや低い~やや高い能力/低い意欲) ⇔ S2(コーチング型):
- リーダーの関わり: 高い指示的行動、高い支援的行動。
- 実践のポイント: タスクの進め方について引き続き指示は必要ですが、部下の考えや意見を聞きながら進めます。意欲が低下しているため、傾聴や承認を増やし、課題について共に考え、自信を取り戻すための支援を強化します。成功体験に焦点を当て、励ますことが重要です。
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D3(やや高い~高い能力/変動的な意欲or低い意欲) ⇔ S3(支援型):
- リーダーの関わり: 低い指示的行動、高い支援的行動。
- 実践のポイント: 部下はタスク遂行能力があるので、具体的な指示は減らします。代わりに、部下のアイデアや解決策を十分に聞き、承認し、意思決定を促す支援を増やします。意欲が安定しない場合があるため、対話を通じてモチベーションの源泉を探り、サポートします。
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D4(高い能力/高い意欲) ⇔ S4(委任型):
- リーダーの関わり: 低い指示的行動、低い支援的行動。
- 実践のポイント: そのタスク・目標については、部下は自律的に遂行できます。リーダーは基本的な目標設定や成果確認は行いますが、具体的な進め方や日常的な判断は部下に委ねます。部下の報告を受け止め、必要に応じてリソース提供や障害除去のサポートを行います。新たな挑戦機会を提供することも有効です。
組織開発・研修担当者への示唆
この「タスク・目標別のSLII実践」という視点は、組織のリーダー育成において非常に重要です。研修プログラムに組み込むことで、リーダーはより実践的なSLIIスキルを習得し、部下一人ひとりの多様な状況に効果的に対応できるようになります。
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研修コンテンツへの組み込み:
- SLIIの基本理論解説に加え、「タスク・目標別の診断演習」を多く取り入れるべきです。様々なタスク(新規業務、既存業務改善、トラブル対応など)を想定したケーススタディを用いて、参加者にそのタスクにおける部下の能力と意欲を診断させ、最適なリーダーシップスタイルを議論させる形式は効果的です。
- 「同じ部下でもタスクが変われば診断も変わる」という点を強調し、部下全体ではなくタスクに焦点を当てる重要性を理解させます。
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診断スキルの強化:
- 部下の能力と意欲を的確に診断するためには、観察力と傾聴力が不可欠です。研修では、これらのスキルを磨くためのロールプレイングやフィードバックセッションを取り入れることが有効です。部下との対話を通じて、そのタスクに対する自信や不安、課題感をどのように引き出すかの具体的な質問例やアプローチを練習します。
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スタイルスイッチングの実践:
- 理論だけでなく、実際にタスクや診断結果に応じてリーダーシップスタイルを「切り替える」練習を行います。タスクの難易度や部下の反応を見ながら、指示的なコミュニケーションから支援的なコミュニケーションへ、あるいはその逆へと、意識的にスタイルを変えるシミュレーションを行います。
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社内での浸透と継続:
- 研修後も、この「タスク別診断とスタイル選択」の考え方をリーダー間で共有し、実践をサポートする仕組みが必要です。メンター制度やピアコーチング、定期的な振り返り会などを通じて、リーダーが互いの実践について学び合う機会を提供します。また、管理職が集まる会議などで、特定のタスクにおける部下へのアプローチについてSLIIの観点から議論する時間を設けることも有効です。
まとめ
SLIIを効果的に実践するためには、部下を「人」として一括りに診断するのではなく、彼らが取り組む「タスクや目標」ごとに能力と意欲を診断し、その結果に基づいたリーダーシップスタイルを柔軟に選択・適用することが不可欠です。このタスク・目標別の視点を取り入れることで、リーダーは部下一人ひとりの「その時、その課題における」最も適切なサポートを提供できるようになり、部下の自律的な成長とタスク達成確率の向上に大きく貢献できます。
企業の研修担当者の皆様におかれては、ぜひこのタスク・目標別のSLII実践の重要性を理解し、自組織のリーダー育成プログラムに反映させることをご検討ください。リーダーがこのスキルを習得し、実践することで、組織全体のパフォーマンスは間違いなく向上していくでしょう。